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カテゴリ:◆若狭路、丹波(丹後) の記事リスト(エントリー順)

天の岩戸神社

 【03//2013】

元伊勢三社 天の岩戸神社

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天の岩戸はここにもあるのですよ。と、
神に遊ばれていますね、私たち。

「籠居ましし霊地」

やっぱり籠っているんですね。

籠「カゴ」=風葬または鳥葬
というような、最初はオープンなイメージだったのですが

逆かもしれません。

わたしが「匏宮」という字が気に入ったのは
包まれている感じがするから。

籠っているんですね。




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急な谷の石段を降りてきて、着きました。

鳥居です。

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独特のマイナスイオンが降り注いでいる感じがします。

清まります。

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チェーンで登っていき参拝します。

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石の一つ一つに神々の御霊が降りたもう。

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?!

これは、、、



どう思われますか?


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常緑の真名井。


「常緑」が、「めでたい」または「格調が高い」という意味なのは、

古代から現在も変わってはおりません。

榊もそうだし、緑の玉(ヒスイ)、松竹梅の「松」が一番格調が高い理由も

そうであると考えています。

お正月だって、めでたくて格調高いから常緑を使う。
雪の中からのぞいた緑は、まるで土の中から出てきた勾玉みたい。


古代人が緑色の糸魚川産ヒスイの玉にこだわったのは、

おそらく「常緑」だからでしょう。



今朝、天から声がふりたもう。

モーガンさんや、エンゲルスさんは
みんな初めは学者じゃなかったんですって。

その言葉に勇気をいただきました。


さて、3時半になってしまいました。
タイムリミットです。

高速に乗って高志国頸城郡まで帰ります。




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皇大神社(元伊勢内宮)

 【02//2013】



この日は、朝から真名井神社~籠神社~古墳見学~大虫神社~小虫神社を巡り、

そこから直線距離で東南方向に、大江山麓を

わずか6キロ!!

6キロですよ!!こんどは

京都府福知山市大江町内宮に鎮座する

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ご存知、皇大神社にやってまいりました。

御祭神 天照皇大神

元伊勢三社の一社、吉佐宮の1つ。


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鳥居

社殿がまったく見えません。
かなり登る気配です。

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有名な神社なのに、なぜか猫の子一匹いない・・・



娘「まま、だっこ~」
私「ぱぱにしない?」
娘「嫌だ、ままがいいの~♪」

(T~T)足腰の鍛練。

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真名井の池

真名井。




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常緑の輪廻・・・



ここはまぎれもない匏宮、真名井。

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着いたようです。

参道が長いと、ありがたみも倍増します。

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ご挨拶に参りました。




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拝殿の左側に、龍灯の杉なるご神木。

すごいなぁ・・・しばし見とれる。

上の方だけ枝分かれしているし、民俗学者吉野裕子先生に言わせると

まるで蛇みたいだって。。。



そして

ふと、

根元の部分に目をやると・・・

私の足元に・・・



へ・・・




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蛇様がまた出ました・・・



どう考えても、同じ日に違う神社のご神木で

それも2回も、




しかもこちらは龍灯の杉・・・

さすがに、写真を撮る前に拝ませていただきました。

私はこのサインに気がつかないほど馬鹿ではありません。

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蛇様はすぐに消えました。

探す息子・・・

探さないで、だって神様なのですから



7mの大蛇の絵を描いたせいもあるかもしれません。


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私たちは

八百万の神々に

守られているんですね。


これだけは確かなこと。

常に心にとどめておかなくてはなりません。









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大虫神社・小虫神社(丹後国式内社)

 【01//2013】

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丹後国式内社 大虫神社

祭神
大己貴命(明治16年調 与謝郡神社明細帳は大山咋命を祀るという異説を併記)
少童命(明治14年に合祀した阿知江神社の祭神)
大田命(阿知江神社と同時に合祀した床浦神社の祭神)

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巨石…手水石の名残りでしょうか?



住所 京都府与謝郡与謝野町温江

鎮座地は野田川の中流域で加悦谷(かやだに)と称される地の東方台地上、
大江山連峰の西山裾に位置する。
加悦谷には国の史跡に指定されている蛭子山古墳や作山古墳などの古墳や遺跡が密集し、古代丹後地方における最先進地帯であったと見られている。

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以前は大江山中腹にあったことが記されています。
うう、拓本取らせてもらいたい・・・


創建伝承

かつては温江字小森谷の小虫神社とともに大江山中腹の池ケ成(いけがなる)という地に鎮座し、「虫宮(むしのみや)」と呼ばれていた。往昔大己貴命が沼河姫と当地に居住している時、槌鬼(つちおに)という悪鬼が現れ、その毒気に当てられた姫が病気に罹り大己貴命が嘆いていると、小虫神社の祭神である少名彦命が八色の息を吐きかけて槌鬼を追い出して姫は回復したが、今度はその息のために人や動植物が虫病に苦しむようになったため、少名彦命は「小虫」と名乗ってそれぞれの体内から害源である悪虫を除くことを、大己貴命は「大虫」を名乗って体外から病を治すことを誓い合い、鏡を2面作ってそれぞれ分け持ったことから、「大虫」「小虫」の神として崇められるようになったという。
また、用明天皇の第3皇子麻呂子親王(聖徳太子の異母弟)が大江山にいた土蜘蛛という鬼賊を征伐するに際して、自ら刻んだ神像を納めて立願したという伝説があり、他に億計王(おけのみこ。後の仁賢天皇)と弘計王(をけのみこ。後の顕宗天皇)が即位前に潜伏したとも伝えられている。

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境内

国史上では『文徳天皇実録』に従四位下に叙せられた記事があり、『延喜式神名帳』では小虫神社とともに名神大社に列し、現存する『丹後国神名帳』には「正一位大虫明神」と記されている。

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室町時代初期に池ケ成から現在地へ遷座したというが、遷座の事情や経緯は不明。

現社地が属す温江は、『和名抄』に見える与謝郡謁叡(あちえ)郷の遺称地とされる。

                   



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小虫神社

祭神
少彦名命
火産霊命(明治10年に合祀した広垣神社の祭神)
大山祇命(広垣神社と同時に合祀した鬼人見(きじみ)神社の祭神)

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祭礼は大虫神社と合同で行われ、神楽と太刀振りが奉納される。

                以上 ウィキペディアより引用

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信仰の対象にはなっていませんが、
二神を思わせる御座石のような石も境内に存在する。


今回の若狭丹後の旅は、ここに来ることが目的でした。





槌鬼という悪鬼の毒気に当たった奴奈川姫が病気に罹り
少彦名命が助ける。


興味深い伝承。


少彦名命が吐いたとされる「八色の息」、これは一体何なんだろうか。
このくだりは、越の八口伝説を彷彿とさせる。

私は温泉の硫黄分から出る亜硫酸ガスのようなものを連想していますけれど。
毒にも薬にもなるもの、天然石のパワー(鉱物)、温泉。。。

槌鬼という大江山の鬼の存在。


越の人間でここまで来たのは私の他にいるだろうか?
と思うほど、ここはのどかな田園地帯。

大江山麓反対側(東)のさほど離れていないところには、
元伊勢三社を祀っているのも気になるところ。


大江山麓の国指定遺跡群は、一体何を物語っているんだろうか・・・
ここは、出雲と能登、越を結ぶ中継地点なのだろうか。


独り言のようにつづく


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丹後國一之宮 籠神社 

 【28//2013】

真名井・・・
真名井が気になって眠れません。



どうして出雲大社摂社「命主社]境内遺跡は「真名井」という名前なのでしょう。。。
やっぱり真名井=ヒスイなんだろうか(??)

そんなことを考えながら、一之宮元伊勢籠神社へ。


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主祭神 彦火明命 (ひこほあかりのみこと)=天火明命、天照御魂神、天照国照彦火明命、饒速日命

相殿神 豊受大神 ・天照大神・海神・天水分神

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凄い風格は

さすが元伊勢一之宮さん。

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息子のおみくじ、「大吉」やったぁ!

私は、怖いのでひきません。

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狛犬 重文指定


この上品なオーラ、並みの方とは思えません。

こちらに御座す御方は、第八十二代海部宮司では、

お話ししましたら、やはり宮司さんでした。





海部宮司さんは天皇家に次ぐ古い直系の方でいらっしゃいまして、家系図は国宝。
古代史研究家でもいらっしゃるそうです。


「日本人は古代に戻るべきなのだと思います。」

私も全く同感です、思想も、モノづくりも・・・

そんなお話で盛り上がりました。


「この樹齢800年の木のお話をあなたにしましたか?」

「いいえ。」

と木を見上げたところ・・・

「宮司、蛇が・・・」

「え?どこですか?」

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またもや神様が出て来られました。

この間の個展会場といい、蓼科の三室蛇伝説といい、

蛇様は要所要所で現れてくださいます。


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ちなみに、ある本に

「海部(あまべ)宮司は海部(かいふ)総理と親戚」

と書かれていたので、そのことをご本人にお訪ねすると、

「まっっっったく、関係ございません。」

との事でした。

ずいぶんと「っ」が長かったので、本当に親戚ではないみたいです。(笑)

宮司さんの本にサインしていただきました。

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神宝の勾玉は丁字頭勾玉。

朝鮮半島へ行った玉造り文化が、ここに帰ってきたのかな?

鵜が運んでいたりして・・・

これは、若狭の碧玉瑪瑙(?)

真名井神社境内出土の勾玉は?

質感からいってジャスパーっぽいと思いますが、いかがでしょうか。


真名井・・・真名井・・・

出雲大社の命主社境内遺跡、真名井遺跡からは

国宝の糸魚川産硬玉ヒスイが出土していますが・・・。

私見ではやはり、玉のように「常緑」「永遠」という意味と推測しています。


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天の橋立・真名井神社

 【27//2013】

幾野の道も遠かったです。 天橋立



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やっと到着しました、日本三景。

なんと、15年ぶり☆



今回の旅は急に私が行きたいと言いだし、ドタバタで決まった旅ということもあり、
お宿が高級なところしか空いていませんでした。

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なぜか籠神社の位置を指さす娘、そう、そこへ行くのです。(笑)



お宿は一泊3000円のユースホステルを予約したのですが

行ってみて、びっくりしました。

そのホテルは、真名井ヶ原の神域内に佇んでいました。


子供たちは備え付けの2段ベッドに大興奮!
また泊まりたいと思うほど、きれいなお宿でした。


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夕飯はご近所の二反田さんというお料理屋さんへ。

おいしい肴とともにお酒がとまらなくなり、
結局宿泊費より高くついてしまいましたけれども。(笑)


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朝、真名井神社へ

ここは、きっと神代の時代から変わっていないのでしょうね。

原生林・・・出雲の神魂神社と陰陽の関係にあるような雰囲気に感じます。




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元伊勢籠神社 奥宮真名井神社

祭神 豊受大神

まない2

相殿には、罔象女命・彦火火出見尊・五大神がお祀りされているそうです。
背後の磐座は(右)豊受大神 (左)天照大神・伊射奈岐大神・伊射奈美大神

神社といいますか、もともと磐座の信仰がのちに神社になった。

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産盥の石

産盥というからには、ここに産屋を建て、真名井神水を産湯に使われたのかもしれません。

まない4

写真で伝わるでしょうか・・・


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永久に湧き出る超神聖水、真名井

真名井(まない、まぬない)は、
全国の高千穂、出雲、重要どころに点在する神聖水の最高敬称。



まない5

私は神水で絵を描いているのですが、
今回も神のお力を拝借し、絵を清めていただきます。

キラキラと

まばゆいばかりの輝き。




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