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天井画完成!!新聞掲載

 【29//2012】

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出雲大社 神迎祭!2012(古事記編纂1300年目)

 【27//2012】

23日、出雲大社の横の稲佐の浜にて神迎の神事が行われました。

実は1カ月前まで、神迎祭に行けるなどとは思ってもみなかったのですが、昨年の玉造温泉での個展の際に大変お世話になり、私が「出雲の母」と慕ってやまない野崎先生の周年記念パーティーに思いがけずお声掛けいただいたのが、ちょうどこの神迎~神在祭が行われる連休中だったというわけで・・・

偶然にまたも神在月の出雲にご縁をいただいたこしひかりは、
天にも昇る気持ちでこの地にやってまいりました♪

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当日はやはり予想どおりのお忌荒れ。

さすがに雪山仕様のいでたちはウチの家族だけだったようです。

この日は雨のわりには気温が高かったので、比較的軽装でも耐えられましたが、
人ごみの中、全員で傘はきつい。
前の人の傘で、二列目以降の人が全く見えません。

私たち家族は遅く行ったわりにはラッキーなことに、
神事を一望できる一番いい場所を確保できました♪

夕刻7時頃、浜で御神火が焚かれ、注連縄が張り巡らされた斎場の中に神籬が2本、傍らに神々の先導役となる竜蛇神が海に向かって配置されてます。(写真右側炎の前)


いよいよ笛と太鼓の音とともに神事がはじまり、全国から八百万の神々が迎えられました。
奴奈川姫もきっとここに…でもお諏訪様は諏訪でお留守番なのは少し残念。

一部モラルの無い人が神事中にしゃべっていて、神官さんに怒られていました。
神迎えの意味を多少勉強してからここへ来ないと、勿体ないです。

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神事が終わると、龍蛇神が先導となり、高張提灯が並び奏楽が奏でられる中、
絹垣で覆われた八百万の神が宿った神籬が目の前をご幸行されていきました。
八百万の神様を一度にお祈りできるなんて…この一瞬が感無量でした!

こしひかりは、古事記と神々の繁栄をお祈りしました。
初めて目の当たりにした雰囲気に、鳥肌が立ちっぱなしでした。



続いて浜から出雲大社への「神迎の道」を延々と行列が続きます。
私たち家族も出雲大社まで歩きました。

ふと横を見ると、サッカーのラモス選手でした。
みなさん遠くから来てるんですね…

この後、出雲大社神楽殿において国造以下全祀職の奉仕により「神迎祭」が執り行われます。
これが終わると、ようやく神々は旅(宿)社である東西の十九社に鎮まられます。



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これから神迎祭が行われる(神楽殿の様子)とっても賑やか。

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一方、いつも賑やかな出雲大社御仮殿は閑古鳥が啼いています。しかも真っ暗!



さて、翌日の出雲大社。渋滞の中やっとの思いで大社駐車場まで辿り着き、境内に入ると・・・



参拝者の長蛇の列!


朱印もお守りも御祈祷も全て行列!
そして御仮殿の横にも長蛇の列が!ここは何かな?
と思い、覗いてみると、御龍蛇様の列のようです。
ここに竜蛇神を奉祭していて、一般の自由参拝も可能なのだそうです。

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出雲大社へ来たら、我が家は行くところが別にありました。
向かったところは・・・

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出雲大社摂社 命主社

正式名は神魂伊能知奴志神社(かみむすびいのちぬしのかみのやしろ)
祭神:神皇産霊神

この神は天地万物の生出でる大本を掌りになった神で大國主大神を殊の外御愛護遊ばされ大神がお若い時にいろいろな御危難にお遭いになった折常にお守りになり國造の大業を助成せられた神であります。(社のご由緒より)


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社の真後は真名井遺跡という遺跡になっていて、
糸魚川産ヒスイの勾玉と銅戈が出土しています。

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樹齢1000年のむくの木の実です。
むくの幹に触るとほんのり温かい、この木はずっとここで見ていたのですね。

家族で一粒ずつ
1000年の命の恵みをありがたくいただきました。

「干し柿の味がするね」と息子。長生き出来そうです。



この地に糸魚川ヒスイの勾玉を埋めたご先祖も、
このムクの実を食べていたのでしょうか・・・


続く



Category: ✿出雲(島根)

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御神酒 八海山 本醸造

 【14//2012】

なめこ

神社から御神酒、八海山(本醸造300ml)をいただきました。


いただき物のを茹でて大根おろしで和え、
かんずりを添えていただきました。

旬の秋ですね♪

この季節、よく天然なめこをいただきます。


箸置きは、息子が夏に青海で拾ってきた
ママにぴったりな勾玉形の石なのだそうです。

結構気に入ってます。



Category: ◆本・新聞、その他

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居多神社(越後國一之宮)へ七五三詣り

 【13//2012】

■居多神社(越後國一之宮)

 祭神: 大国主命・奴奈川姫命・建御名方命
 鎮座地:新潟県上越市五智6-1-11


日曜日、居多(こた)神社へ七五三詣りに行きました。
息子5歳の初袴、娘3歳(数え)の髪置きでした。

馬子にも衣装です。(笑)
七五三
夜なべに着物の肩上げをしたついでに、暴れても着崩れないようにと
襦袢と着物を縫いつけておいたのですが、これが正解でした。
当日は曇り空でしたが、神社が海の近くなので風が強くて…。


さて、神社のお話ですが・・・
私が住む新潟県上越地域には、一之宮と呼ばれる神社が二社あります。
一社は糸魚川の天津神社並びに奴奈川神社。もう一社はここ、居多神社
どちらも奴奈川姫が祀られていますね♪♪

一之宮といえば、新潟市には弥彦神社という立派な一之宮が、佐渡にも佐渡国一之宮がありますが、中世では上杉謙信ゆかりの居多神社が一之宮として君臨していたようです。

謙信死後、跡目争い(御館の乱)に巻き込まれ、影虎側だったこの神社は、景勝の手によって焼失。
社家の花ヶ前家は各地を転々としましたが、その後再興。
(宮司花ヶ前先生は上杉謙信の研究家でもいらっしゃいます。)

明治6年に県社に列格しましたが、もともと海岸近くに鎮座していたため海岸侵食により境内が崩壊、明治12年現在地の場所に移り、
2008年にやっとの思いで落成した社殿が、この大社造の社殿です。


七五三
木の香り漂う新築の社殿に、揺れる娘の河童頭。


この「居多神社」ですが、延喜式神名帳では「居多」「けた」と発音していて、
能登の気多大社の系統とも言われています。

新潟から能登半島は遠く離れた場所のように感じますが、
こしひかりが思うに、カヌーに乗って能登島あたりから出航すれば、
一晩もかからずに居多ヶ浜(居多神社近くの海岸)まで来れるのではないか、
・・・などと思っています、許させるものなら実証してみたいものです。(笑)

昔話では、大国主命は奴奈川姫に会いに越の国に来る際、
居多ヶ浜から上陸したとも言われているんですよ♪
(居多ヶ浜は、親鸞上陸の地でもあります。)

神社境内には、大国主命と奴奈川姫、建御名方命の親子むつまじい姿の石像や、
古事記で大国主命が奴奈川姫に求婚しにやってきた時の歌(妻問いの歌)を書いた碑などがあります。

また、この地は国府のあった場所で、代々国司の厚い保護を受けてきました。
親鸞聖人も居多ヶ浜上陸の際に一番に参拝に参ったといわれ、
聖人にまつわる越後七不思議の一つ「片葉の葦」が群生していることでも知られています。

摂社に雁田神社、稲荷社が鎮座しており、神社の狛犬は市の指定。


などなど、
小さな頃から慣れ親しんだ地元の神社の説明を書いていると、
この地にはすばらしい歴史があるということに、今さらながら気が付きます。

参拝を終えて、神社から千歳飴、矢、お札、お守り、お神酒をいただきました。
神様、これからも末長く子供たちを見守ってください。

Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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雄蝶・雌蝶は鶴? 金峯神社の王神祭 続編 

 【10//2012】

この神事で、神前に供えられているものですが、
とても興味深いです。

宮司さんのお話によると、
手前から、米俵・米・酒・三宝にお供え10ヶ・木の箱12ヶ
木の箱は昔のお酒の搾り器と同じ形なのだそうです。
そして、その搾り器には奉書で折られて作られた蝶形の白い紙飾りがついています。

一番奥にはそれぞれ4地域のご神体(それぞれの王神様=大国主命・須勢理姫命・奴奈川姫命)が
鉄の大きな熊手のようなものと祀られていました。

正面からの写真は金峯神社HPでご確認できます。

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さて、大正生まれで、60年間にわたり結納品を作り続けてきたうちの祖母に
この写真を見せたところ、不思議なことを言いました。

この木の酒樽の上に飾られた紙で出来た白い蝶のような折りものは
昔から「雄蝶・雌蝶」と呼ばれる蝶形のだ。というのです。

「鶴??何故、蝶というのに鶴なのか??」

うちの祖母は、結納の祝儀物一式を作る際、既製品がなかったので
よくお銚子飾りの雄蝶雌蝶も一緒に自分で作っていたといい、
その場で私に紙を折って雄蝶雌蝶を作って見せてくれました。

私も毎週のように結納品一式を作っていますが、
祖母が折ってみせた雄蝶雌蝶は、スルメ折りをアレンジしたような
確かに蝶形の折り物でした。

「お銚子飾り」だから蝶というのかな?とも思えます。



祖母いわく、婚礼の神事のときに、雄蝶雌蝶とよばれる5才くらいの子供が
かん鶴(=燗鶴?冠鶴かも?)と呼ばれる酒器で
新郎新婦に酒を注ぐ(雄蝶:男の子は新婦、雌蝶:女の子は新郎へ酒を注ぐ)のが三三九度だというのです。




この神事で神前に供えられている雄蝶雌蝶も
確かに白ですし、大きさも比較的大きいので鶴が並んで羽ばたいている姿に見えなくもありません。


この件でもしご存知の方がいらっしゃいましたら
是非ご投稿お待ちしております。





追記 のちに取引先の水引問屋さんの古い本により、雄蝶雌蝶の謎を解くことができました。







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古代儀式!金峯神社の王神祭(新潟県無形文化財)

 【06//2012】

昨日は、金峯(きんぷ)神社へ王神祭を見に行きました。

金峯神社は、社伝によると吉野の金峯神社の蔵王権現を勧請し、
七〇九年元明天皇の勅願により北国鎮護のため古志郡楡原に創設。
一二四二年ここに遷座された折、産土神の倉又神社と合祀されたといいます。

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金峯神社(鎮座地 新潟県長岡市西蔵王)一ノ鳥居 
神社は信濃川のすぐ横に鎮座しており、主祭神は、金物や製鉄の神である金山毘古命。

さて、この神社の5日の祭り「王神祭」の「王神」とは、
この地のもともとの産土神であられる倉又神社の祭神である、
大地主命(=大国主命)・須勢理比売命・沼奈川比売命の三柱のご祭神が、
金峯神社を中心にした三里四方の氏子を4つに別けたの区域
(上條王神・中條王神・下條王神・川西王神)に祀られていて
「王神様」はその総称であるといいます。
(※現在は倉又神社=金峯神社の境内社とされている)


驚くことに、明治以前は倉又神社のご祭神は、常に社殿に鎮座しておらず、
長岡・三島・古志の「頭人」と呼ばれる者によって御神体が巡幸し、
三年間祭祀の厳修を行ない、次の頭人へと受け継がれていたそうです。

(故に倉又神社には社殿が無いのかもしれません。)

維新後にご巡幸制度は廃止され、倉又神社が金峯神社に合祀され、現在に至るようです。


大国主命と奴奈川姫命、そして正妻の須勢理姫の三柱。
この三角関係の大明神である王神様にはちょっぴりドキッとさせられますが、
長岡市を4つに分けたそれぞれの地域に、
大国主命と須勢理姫命と奴奈川姫命をお祀りしているわけですから、
奴奈川姫信仰の要部分は実は長岡にあるのではないか?と思える程、
かなり大規模な信仰であったことがわかります。

仏教(権現様)が入ってくる以前は、この地は倉又村と呼ばれ、
産土神の大国主命と二神の妻神に守られていたのでしょう。
大国主命はこの地に漁業を伝えたと伝承されています。
信濃川で鮭漁をする大国主命のお姿が思い浮かびますね。

現在は、蔵王権現の「長岡市西蔵王」という地名になっていますが
神仏習合の独特の文化が栄え、信濃川の河川交通が盛んなこの地から
川沿いに長く築かれた丘から、「長岡」という地名になったそうです。

この王神祭儀は、全国に類を見ない古代儀式と言われ、新潟県の無形文化財に指定されています。

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ということで、前置きが長くなってしまいましたが、
私が9時過ぎに上越を出て、金峯神社に到着したのは10時20分。
すでに神事は始まっていました。

神主さんが鮭に手を一切触れずに神前で三枚に身下ろしします。
左手に火箸のようなものを持ち、鮭を固定し
出刃包丁でさばいていきます。

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時間をかけてゆっくりとさばかれていきます。

金峯神社王神祭について詳しくは金峯神社HPへ

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さばいた鮭が、御神前で鳥居の形に並べられました。

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続いて、鈴と白扇による末広舞が奉納されました。

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示鏡と呼ばれる神事。
神主さんが両側の二体の雛形に掛けられた鏡を取り、宮司さんに渡されます。
宮司さんは鏡を袂の中へと入れ、ご神前の4区域の王神様と鏡を照らし合わせます。

左右の雛形ともに行われました。
この雛形ですが、須勢理姫と奴奈川姫なのでしょうか・・・

昔の鏡は、直系15CM程あり、もう少し大きかったと
後で宮司さんのお話がありました。

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拝殿


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拝殿向かって左手にある大ケヤキの御神木 
樹齢1000年近くありそうです。
中は朽ちて空洞になっていましたが、手を開いたようなたくましい枝ぶりでした。


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金峯神社 拝殿・本殿(横から撮影)

金峯神社の主祭神、金山毘古命といえば・・・播磨国に伝わるたたら伝承で、
「わたしは金山彦天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)ともいう金屋子神である」
とあることから、祭神の金山毘古命は、出雲にたたら製鉄を伝えた「金屋子神」と同一神と思われます。

今年の2月、奥出雲にたたら見学へ行った際、金屋子神社に参拝に参りましたが
金屋子神は女性嫌いと伝わるせいか(本当は雪が多すぎて鳥居が埋まっていました)
拝殿まで行けませんでした。

ですが、幸運なことにたたら見学では、
宮様、出雲国造千家宮司様と同じ時間の見学で
現人神にお目にかかることができました。

遠く離れた奥出雲のたたら場の方より解説で
「ここで出来た玉鋼は、新潟の三条にも送られる」とのことでしたので、
金物を使った鮭の神事より、古代からのご縁を感じずにはいられません。




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王神祭祭儀式次第


祝詞の後は、撒神食と言われる神事があり、総代さんらしき方が

三三九度?

王神祭儀終了後、宮司さんのお話で
このお祭りは、古代の婚礼の儀式を思わせるとおっしゃられていました。









古代儀式!金峯神社の王神祭(新潟県無形文化財)続編へ続く・・・


       

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