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スーパー能「世阿弥」

 【30//2013】

朝早起きして、日曜日に放送されたスーパー能「世阿弥」の録画を観ました。

御覧になられましたか?

これぞ能の新潮!

あらすじを把握しなくても、頭の中に入ってきます。
現代の日本語なのですから当たり前ですけれども。

やはり天才がつくる芸術は、
わたしのような頭の悪い人間でもよくわかるように作られている。
ありがたい話です。

節回しは現代語なのに、違和感がありませんでした。
照明は見慣れない分違和感がありましたが、
お芝居を見ているようで心地よかった・・・

これも100年経てば当たり前と言われる芸術になるはずです。


それにしても、お能って、なんて裕福な「間」の使い方なのでしょうか。

日本画の「間」も、これと良く似ています。

これは西洋画の視点からは理解しがたい特有のジャパニズムなのかもしれません。

西洋画は、キャンバスを埋めなくてはいけない。

一方、日本画は、描いていないのではなくて、あえて描かない。
そこには目に見えない空気が描いてあるのです。(^m^)

※正確には、描いていないように見えるところも、実は何度も何度も塗っています。
塗らないと(とくに絹本の場合)、劣化してしまう。




「間」はその場所や時間の空気。

ある意味一番大事だと考えています。

華道だって間(空間)が命ですから、
日本の芸術とはみんな同じ美意識の上に成り立っているのではないだろうか?

間がないと、苦しくて息が詰まるのは
日本人のDNAかな?(^^)



お能は、神代の時代の「何か」を私たちに伝えているんだと思うんです。
「羽衣」なんて、まさしくそうですよね。




このスーパー能「世阿弥」のクライマックスの舞いは感動でした。


千代に 八千代に 栄え祈らん~

千代に 八千代に 栄えたり~


ヨォ~






世阿弥の悲しみで終わるのかと思いきや、

「常緑」の示唆です。





古典を勉強したうえで、一歩前に出なくてはならない。

個性だけで突っ走るのは自殺行為である。


岡倉天心が東京美術学校でそう指導したそうですが、
スーパー能は、まさしく古典から一歩前に出た、これだと思うのです。

もとより私の絵も、それが目標なのですけれども。




千代に八千代に栄え、苔がむした頃、誰かが一歩前に出す。





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燻製を作りました。
夫が留守なので、一人淋しく自分にご褒美です。

アードベッグでアイラの潮風でも感じようぞ。





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丹後國一之宮 籠神社 

 【28//2013】

真名井・・・
真名井が気になって眠れません。



どうして出雲大社摂社「命主社]境内遺跡は「真名井」という名前なのでしょう。。。
やっぱり真名井=ヒスイなんだろうか(??)

そんなことを考えながら、一之宮元伊勢籠神社へ。


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主祭神 彦火明命 (ひこほあかりのみこと)=天火明命、天照御魂神、天照国照彦火明命、饒速日命

相殿神 豊受大神 ・天照大神・海神・天水分神

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凄い風格は

さすが元伊勢一之宮さん。

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息子のおみくじ、「大吉」やったぁ!

私は、怖いのでひきません。

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狛犬 重文指定


この上品なオーラ、並みの方とは思えません。

こちらに御座す御方は、第八十二代海部宮司では、

お話ししましたら、やはり宮司さんでした。





海部宮司さんは天皇家に次ぐ古い直系の方でいらっしゃいまして、家系図は国宝。
古代史研究家でもいらっしゃるそうです。


「日本人は古代に戻るべきなのだと思います。」

私も全く同感です、思想も、モノづくりも・・・

そんなお話で盛り上がりました。


「この樹齢800年の木のお話をあなたにしましたか?」

「いいえ。」

と木を見上げたところ・・・

「宮司、蛇が・・・」

「え?どこですか?」

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またもや神様が出て来られました。

この間の個展会場といい、蓼科の三室蛇伝説といい、

蛇様は要所要所で現れてくださいます。


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ちなみに、ある本に

「海部(あまべ)宮司は海部(かいふ)総理と親戚」

と書かれていたので、そのことをご本人にお訪ねすると、

「まっっっったく、関係ございません。」

との事でした。

ずいぶんと「っ」が長かったので、本当に親戚ではないみたいです。(笑)

宮司さんの本にサインしていただきました。

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神宝の勾玉は丁字頭勾玉。

朝鮮半島へ行った玉造り文化が、ここに帰ってきたのかな?

鵜が運んでいたりして・・・

これは、若狭の碧玉瑪瑙(?)

真名井神社境内出土の勾玉は?

質感からいってジャスパーっぽいと思いますが、いかがでしょうか。


真名井・・・真名井・・・

出雲大社の命主社境内遺跡、真名井遺跡からは

国宝の糸魚川産硬玉ヒスイが出土していますが・・・。

私見ではやはり、玉のように「常緑」「永遠」という意味と推測しています。


Category: ◆若狭路、丹波(丹後)

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天の橋立・真名井神社

 【27//2013】

幾野の道も遠かったです。 天橋立



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やっと到着しました、日本三景。

なんと、15年ぶり☆



今回の旅は急に私が行きたいと言いだし、ドタバタで決まった旅ということもあり、
お宿が高級なところしか空いていませんでした。

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なぜか籠神社の位置を指さす娘、そう、そこへ行くのです。(笑)



お宿は一泊3000円のユースホステルを予約したのですが

行ってみて、びっくりしました。

そのホテルは、真名井ヶ原の神域内に佇んでいました。


子供たちは備え付けの2段ベッドに大興奮!
また泊まりたいと思うほど、きれいなお宿でした。


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夕飯はご近所の二反田さんというお料理屋さんへ。

おいしい肴とともにお酒がとまらなくなり、
結局宿泊費より高くついてしまいましたけれども。(笑)


まない1

朝、真名井神社へ

ここは、きっと神代の時代から変わっていないのでしょうね。

原生林・・・出雲の神魂神社と陰陽の関係にあるような雰囲気に感じます。




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元伊勢籠神社 奥宮真名井神社

祭神 豊受大神

まない2

相殿には、罔象女命・彦火火出見尊・五大神がお祀りされているそうです。
背後の磐座は(右)豊受大神 (左)天照大神・伊射奈岐大神・伊射奈美大神

神社といいますか、もともと磐座の信仰がのちに神社になった。

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まない3
産盥の石

産盥というからには、ここに産屋を建て、真名井神水を産湯に使われたのかもしれません。

まない4

写真で伝わるでしょうか・・・


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永久に湧き出る超神聖水、真名井

真名井(まない、まぬない)は、
全国の高千穂、出雲、重要どころに点在する神聖水の最高敬称。



まない5

私は神水で絵を描いているのですが、
今回も神のお力を拝借し、絵を清めていただきます。

キラキラと

まばゆいばかりの輝き。




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若狭湾を行く~若狭彦・若狭姫神社、神宮寺~

 【24//2013】

この連休に若狭湾へ行って参りました。

今回の旅の目的は、

ある歴史家さんがおっしゃる「真名井=ヒスイである」という推測を、
確かめに行くことを目的とした旅です。

自分なりの結論から言いますと、
う~ん、越の人間として、真名井と直接ヒスイが結びつかなかったのが
少し残念でもありました。

確かに真名井=「ヌの井」と解釈できますが、
「真名井」がヒスイであるというよりも、もっとアバウトな意味で
「常緑」を意味しているのではないかと、私は個人的に感じました。

真名井=「例えばヒスイのような常緑の」=「永久に湧く神聖水の最高敬称」
という意味なのかも?しれません。



その話は後まわしにして、

若狭湾は凄いところでした。。。

何が凄いって・・・
「ヤマトとイズモ」というよりも「神と仏」がダイレクトに共存しているということ。

そして、ここに辿り着いた文化が、
旧鯖街道を伝って都へ運ばれたことを、
今でも感じることができる場所でした。
(鯖街道=近江針畑を通って鞍馬まで最短ルート)


文化だけではなく、朱とともにですね。
真言宗のお寺が多いのも納得です。

さすが、福井県ですね。心も金銭的にも裕福な国(^^)
ここの素晴しい文化を、小さな漁村で脈々と維持され続けていることに
感動せずにはいられません。


越の国から高速道路にのって行きますと、
敦賀ICで一旦高速道路が途切れていて、
外部者が入りにくい、閉ざされた聖地とでも言うんでしょうか。

わざわざ行かないと行けないのですが、行く価値があります。

敦賀ICで高速を降り、若狭路を西へ車を走らせること1時間、
小浜市に入ります。

まずは小浜市に鎮座する遠敷明神様にご挨拶。

細かい解説は割愛するとして、
古事記をご存知ない方は、浦島太郎と乙姫様が
若狭にお祀りされていると解釈してくださいね。


詳しくは、過去のこしひかりのあとりえ記事の
←左のカテゴリ◆大和神話縁の地の
「大和国を行く~東大寺二月堂閼伽井屋」をご覧ください。

ここに記した東大寺の本尊にお供えする閼伽水となる鵜の瀬の水脈が、
上流より、神宮寺→若狭彦神社(上社)→若狭姫神社(下社)を清めています。

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若狭彦神社 若狭國一之宮

福井県小浜市龍前28-7
祭神:彦火火出見尊(山幸彦命)

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神域でしか見ることのない、杉の巨木を眺めながら
参道を歩きます。本殿は参道に対して東を正面にしています。

鬱蒼とした森の中に佇んでいました。

かなり前方にせり出した形の流造の本殿。
檜皮葺のようです、美しい形です。
手前は拝殿跡のようです。

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ご神水

水銀が含有していたりして・・・冗談です。


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神水に浸るたくさんのイモリたち。

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続いて、下社の若狭姫神社へ

若狭姫神社
福井県小浜市遠敷65-41
祭神:豊玉姫命


上社と下社というのは、「二つで一つ」といいますか(当たり前ですが)
お互い依存し合い、なくてはならない陰と陽のような関係を感じます。

ここの場合は夫婦神ですが、
諏訪大社の上社下社でも洩矢命と建御名方命は、やはり陰と陽を感じます。

一方「奥宮」のことを「上社」と呼ぶ場合も少なくないですが、
そういう場合は、山頂に祀り、里でお守りするというふうに、
陰陽の上社下社の意味とはまた別な感じを私は受けます・・・

が、実際はどうなんでしょう?


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玉造る 若狭の国の国なかに
 
神代の神を 拝む今日哉 

          柳田国男

※この「玉造る」は「若狭の瑪瑙」のこと

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神紋が宝珠に波。
潮盈珠、潮乾珠の「宝珠」でしょうけれど、
形は仏教の如意宝珠ですね。


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拝殿左手の千年杉

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安産の犬の日の岩田帯は、ここが発祥の説もあるようです。

いわた帯=斎海帯(ゆわた)、斎=忌=祝という字ですから、
祝うワタツミの「わた」、海=産み、なるほど。
トヨタマヒメを祝いまつりての安産祈願だったのですね。

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そして、水源に近い上流の神宮寺へ
ここがまた素晴しく良かった。

紅葉シーズンは多分最高です。

鵜の瀬の水源は、ここの上流の上根来という地名の場所です。
地名は正直です。

豊玉姫がご出産の折、産屋は鵜の羽で葺いたと伝わりますが、
この「鵜」は、川鵜か、海鵜か?
結構気になっているこしひかり。(笑)

もしかすると、

この鵜が、福井の気比に来て、能登の気多に来て、新潟の居多に来ている
かも、しれません。

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神宮寺に来て、しばし感動・・・。

ヤマト心は本当に素晴らしいです。

お薬師様のお姿に心洗われたこしひかり。

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奈良の東大寺へお水送り神事が執り行われる広場。
閼伽井屋も必見です。
一度、神事を見に来たいと願っています。

それを見ないことには

赤(朱)=閼伽で、それがアクアに通じるかどうかなんて
わかりませんから・・・(笑)


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神仏習合というよりも、

ここは神仏が一体になっていました。



この旅はひきつづき丹後(丹波)へとつづく・・・









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顔料作り

 【19//2013】

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【軸装】大伴家持に落款

 【17//2013】

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重陽の節句

 【14//2013】

9月9日は重陽の節句でしたね。

自宅には大好きな白の秋明菊を飾りました。



芸術の秋、食欲の秋、どちらも好きです。菊酒か・・


欲を出して野菊も飾ろうかなと思い庭を探したのですが

見つからず、かわりに増えに増えていたヤマゴボウと水引草を切って、

茶室の小間に生けてみました。


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また、切り花を折形の和紙に包んだりして

お友達にプレゼントしたりするのも、素敵ですね♪

わかってくれるお友達、募集中です♪



お伊勢さんの「包結図説」を勉強してみようと思います。
紙を折って水引で結んだりするのは、古代からの日本の心。

自分が思うに、おそらく結びの起源は、弥生、古墳時代から。。。



「紙折り」は「神降り」と思いながら

いつも結納品を作っています。

そう思うと、紙を折るのにも自然と心がこもります。



紙、結び=カミムスビのムスヒ、



どうやら私がこれを勉強することは、

天から授かった使命みたいです。




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