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出雲~越へ 夏真っ盛り!

 【29//2015】

毎日、暑いですね。。。

宗像大社さん、世界遺産候補おめでとうございます!

この時期に海の映像は、見る人の気分を爽やかにしてくれます。

このまま島ごとそっと遺産が保存できるといいですね!



さて、こしひかりも!と、2週間前のブログネタから今朝までを一気にアップです。





ここは、遠遠(とおとお)し

出雲の国のおおやしろ。



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出雲大社境内

やっぱりどんなに急いでも越から出雲まで車で10時間かかりました。

実は用事があってきたのですが、用事は10分で済んでしまったので、



「電話でよかったんじゃないの?」と息子に言われてしまう始末。。。

でも、大事な絵の用事だったのです。(^~^;



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これ、↑何か知ってる?と、いちいち説明したい母。

鬱陶しがるタロー。

ケンケンパーをするカッパ。

沈黙のジロー。


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「前に来た時にこの中に入れたのに、なんでもう入れなくなったの?」と息子。

「でも60年後、また入れるかもしれないよ」と夫。

そのとき、ジローはお社とともに還暦、、(TT)母涙。。。






翌日はスサノオノミコトの遷座祭だったそうで、

神官さんたちはとっても忙しそうでした。



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お兄ちゃんは首からペットのクワガタを下げています。

実はこのクワガタ、旅の途中でいただいたものなのですが、

さすがにこの暑さの中、車内に置き去りはできません。(^^;


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娘は3度目の出雲大社詣を満喫したようです。


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参拝の後、

夕暮れの稲佐の浜で

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またまた泳いでしまいました。



翌朝は、お世話になっている方々のところへ御挨拶をと思いまして、

まずは、このブログでもお馴染みの(ブロ友なんて恐れ多い!!)

日本画の巨匠であられる小村先生のもとへ・・・

小村先生のブログはこちらから↓↓
小村俊美blog~心・街・釣り~

ところが事代主命さながらの釣り名人は、この時ちょうど鮎釣りに出掛けられしまいお留守でしたので、

奥様にご挨拶させていただいたのでした♪


また、ご近所の「スサノオノミコトご生誕の地」と民間伝承のあるお社も参拝させていただきました。

出雲はやっぱりすごいなぁ・・・




そして一路、松江方面

玉造温泉へ

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松江観光協会玉造温泉支部は新築されたばかりだそうです。


このお方こそ、玉造温泉での個展の時に大変お世話になりました、

こしひかりの出雲の父、周藤さんです。

ジローはだっこされて大喜び。





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先の諏訪個展の時には、周藤さんから、右の大きなお祝いのお花を頂戴いたしました。

私は勿論のこと、諏訪の方も、越から来られた方々も、

神話の御縁の地、出雲からのお花に、とっても喜んでくださったのでした。




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海の幸を堪能しながら、帰越!





車を走らせ

越に着いたとき、日付けが変わっていました。









その後・・・





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翌週末は、幼稚園の先生がイケメンとご結婚!


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おめでとう!


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そして、家族で能生へ

奴奈川姫を祀る能生白山神社の前で海水浴。


自分も小さい頃は、いつもこの海水浴場にお世話になっていました。



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ジローも海で初禊です!




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夕方は、地元の「祇園祭」でした。

抽選くじ大会でガソリン券が当たりましたよ!!



直江津の八坂さんの祇園祭は、

私が以前天井画を奉納させていただきました「陀羅尼八幡神社」をお旅所として

城下町高田を巡幸します。


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その後、御神輿の川下りが行われ、

直江津へと帰還し、八坂神社でお饌米奉納が執り行われます。


祇園祭のお神輿を高田まで出張させるようになったのは、

松平忠輝公の時代。


忠輝公は諏訪で生涯を終えた・・・御縁って不思議です。




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出雲でお生まれになられた一神様の信仰は、

やがて仏教とも集合しながらこの国に広まり、

越後の国高田の夏の風物詩にもなったのですねー(^^)




最後に、

出雲の小村先生!

お孫さんとキス釣りされているブログが

とっっってもうらやましかったので、

私も今朝、子供を連れて堤防へ釣りに行ってきました。


夫は早朝海岸ゴミ拾いだそうです。


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釣りはど素人なので、こんなものです。

キスは、割り箸サイズです。笑

他、消しゴムサイズのフグばかり20匹も・・・(T▽T)

上州屋の激安釣竿にもかかわらず、2時間半ほどですが、結構子供たちと楽しめました。


一番下の銀色の魚は、一体??


釣った場所は上越市八千浦(やちほ)の海岸です。

大国主命(八千矛)の名前から付いた地名と伝わっています。


日本海も大国主命も偉大ですね!!


皆さんも暑い夏を乗り切ってください!

















Category: ◆出雲神話縁の地

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八上姫の里を行く② 白兎神社 

 【24//2015】

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やっと来ました。因幡の海岸へ。


ここは「因幡の素兎」の伝説の地、白兎海岸。



神社はこじんまりとしていましたが、横に大きな道の駅が出来ていました。

正面の白兎海岸へは歩道橋で渡れるようになっていて、海の日ということもあり

観光客や海水浴客で賑わっていました。


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道の駅「神話の里 白うさぎ」駅長の

「命くん」だそうです。


( *´艸`)



何を隠そう、愛兎家だった私。

思春期から10年間は、うさぎとともに生活していたこしひかり。

丸い兎巾のかわいこちゃん、、、思い出します。



最後は老化で腰が立たなくなり・・・床ずれでおしりの皮がむけてしまったのです。

古事記「因幡の素兎」さながらでした。

そしてうさぎの皮がこんなにも剥けやすいと、その時はじめて知ったのでした。

うさぎって、皮がはげると、中は産毛に囲まれた薄ピンク色の皮膚なんですよね。

ちょうど、パグのお腹みたいな感じです。


それを治すのにガマの穂は試さなかったのですが・・・



本人(兎)は、見た目ほど痛くはなさそうでしたよ。



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白兎神社

息子は国語の教科書で「因幡の白兎」を習ったばかりなので、自慢げに妹に話してあげていました。

だだ、教科書は「物語」として載せていて、「古事記」として教えているわけではないので、

古事記として、きちんと子供たちに教えてほしいですね!



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白兎神社境内のガマ

あれ?ヒメガマでしょうか?意外でした。



ガマの穂といえば、日本書紀、高橋氏文(景行紀)には、

磐鹿六鴈が料理人の正装として、ガマを襷にしたり美豆良に結ったりした様子が記されています。



→詳しくは景行天皇と日本武尊: 列島を制覇した大王(河村哲夫著・志村裕子著)を読んでね♪

私も最近それを絵にしてみたのですが、その解釈が難しかった・・・

迷った末、私の絵では、ヒメガマ(しかも穂付のまま)磐鹿六鴈の美豆良に結ったのでした。(^^A


穂付のままで絵に表したのにも、それなりにワケがありまして・・・

古代の人はガマ(蒲)の穂から、「おいしそうな串焼き」を連想していたからなのでした。


例えば、蒲鉾(かまぼこ)の語源、(神功皇后が鉾に挿して焼いたのが由来といわれていますが)

蒲焼(かばやき)の語源が、ガマ(蒲)の穂から来ているといわれています。

(そんなことを言いながら、今日は丑の日なので、ウナギの蒲焼を食べながらブログアップするこしひかり)



もちろん薬膳的な意味合いもあり、

ガマの穂が当時の人にとって親しみやすい植物だったことがうかがえます。



そしてこの日本書紀や高橋氏文の磐鹿六鴈のくだりは、

今やユネスコの無形文化遺産になった「日本料理」の礎ともいえる

とっても重要な部分でもあり、日本人のおもてなしの心!が記されているんですね!!



「景行天皇と日本武尊」の著者、志村裕子先生は、

「古典は、日本人の心を豊かにするためのもの」とおっしゃられていましたが、

本当に、、乾燥した心に沁みる一滴の美容液のように、心に潤いを与えてくれるようなくだりです。(^^)





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写真右側には、うさぎが体を洗ったといわれる池がありました。


手水屋には「おおきなふくろをかたにかけ~」とレコードが鳴っていましたよ。

現代っ子のこしひかり、「大黒様」というこの曲を初めて耳にしました。

歌詞で、「穂綿にくるむ」と・・・と言っていますね!



穂綿といえば昔、祖母の生け花に使ったガマの穂を毟って遊びましたが、

あの黄色い花粉が傷に効くのでしょうか。


ひとたび毟れば何倍にも膨らみ、なんだこれはー!?と子供心にびっくりした記憶があります。



綿花が無い古代では、ガマの穂綿で布団を作っていたのかもしれません。

ボリューミーであたたかそうです(^^)



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焼酎でした。

日本酒党なもので・・・ちょっぴり残念。。





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せっかくなので・・・(^^)


伝説の気多の御﨑と淤岐ノ島が見える白兎海岸で海水浴。

水がとってもきれい。

子供たちは貝がら拾いに夢中になっていました。




気多の岬

大国主命の上陸するところ「気多」あり。と私は考えておりますが、

「気多」とは古代語でどうゆう意味なのでしょうか。

(大国主命が)来た。帰ぇった。気多?(笑)


Category: ◆出雲神話縁の地

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ラジオ出演のお知らせ&八上姫の里を行く①

 【23//2015】



突然ですが、


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

ラジオ出演のお知らせです。

7月26日(日)

LCV FM769 

朝9時~です。

茅野市の個展会場でのインタビューです。

全国で聞けると思うので、ご興味ある方は聞いてみてください。


☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆




さて、連休中の話ですが・・・

鳥取県岩美郡を車で走行中のことでした。




「ナビに岩井廃寺塔跡?ってあるよ」と夫。

急ぐ旅でしたが、9号線沿いなのでちょっとだけ立ち寄ってみよう!ということになり、

右折してみると・・・・


偶然、廃校になった空き地の奥に神社を発見!



しかも式内社でした。


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式内 御湯神社


祭神は、御井神、大己貴命、八上姫、そして猿田彦命


期待以上!恐れ入りました!!m(__)m


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苔のー生ぅすーまでー♪縁起がいいですね。

御湯(みゆ)神社は、読んで字のごとく、恐らく近所の岩井温泉の御湯と思われます。

それとも御井の転訛かな。だから御井神というお名前なのかも・・・


開湯されたのは御井の神なのかもしれません。



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石畳が緑に染まり美しい神社です。


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御井の神様、、、

よかったよかった!と言いながら参道を後にしました。


実は私、お諏訪様の異母兄弟でもある「御井神」が、

古事記で木俣に挟まったまま置き去られ、その後どうなってしまったのかと

ずっとずっと心配していたのでした。


それが、御湯神社に来て、御井神がご両親に愛されながらこの地を守護されていたことを感じることができ、

とっても安心した次第です。




ああ、良かった!





岩井廃寺塔跡は見ないで来てしまいましたが、(笑)


御井神様、呼んでくれてありがとう。








Category: ✿出雲(島根)

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諏訪大社献上酒「国譲り」と「出雲の御塩」

 【15//2015】

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自宅で直会と称し、お酒をいただきました。

諏訪大社献上酒 国譲りをロックで!諏訪の菱友酒造さんの御酒です。

さくらんぼのかわいい( *´艸`)箸置きは、山中塗りで

こしひかりの大切な方から個展の時にプレゼントしていただきました♪


刺身は上越市名立産のウマヅラハギです・・・(^^;

昔、船で海釣りへ行って、何度釣ってもウマヅラしか釣れず、

八十神たち(←姉弟のことです)にからかわれていたところ、

なんと最後の最後でキジハタが釣れたのでした♪♪( *´艸`)

なつかしい!(笑)


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そしてこの塩!!

「出雲の御塩」 というお塩なんです!!

先の祝賀会にわざわざ出雲からお越しくださいました野崎ふしみ先生の開発された、

高麗青磁の壺で焼いたお塩だそうです。


この御塩で、ありがたくウマヅラの刺身を頬張り、諏訪の国譲りで流し込む。

食卓の上が出雲、諏訪、越という「出雲の御塩」で融合しました!

そうです、全ては「出雲のご縁」から始まったことにございます。m(__)m


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我が家の簡素な七夕ですが・・・

冷泉家に倣い、梶の葉に願いを込めました。




ジローは5ヵ月になり、すくすくと大きくなりました。

立派に大きくなるのだよ。

(母の願い)





Category: ✿諏訪(信州)

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奉納させていただきました

 【02//2015】

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25日に無事奉納させていただくことができました。

御縁を結ぶことができ、あまりに恐れ多いことに涙が出ました。

皆様の温かいお心に深謝申し上げます。





この絵で描きたかったことは、御柱祭の迫力というよりもむしろ、

氏子さん共々神と化していくという、この地独特の精神的な部分だったのかもしれません・・・





Category: ◆出雲神話縁の地

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