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お礼参りin能登③ 真脇遺跡と数奇屋の原点

 【29//2017】




能登の真脇遺跡へやってきました!



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三匹の子ブタちゃんたち、

興奮のあまり走っていってしまいました。笑


藁の家を作るのか。

木の家を作るのか。

レンガの家を作るのかー。



強風に耐えれるばかりが「いい家」とは限りません。


藁や木の家が歪んでくれば、

日本人は、それを「わび、さび」と呼んで

重きを置いたりもします。





今日は、記事が長いですが、我ながらいい話です。


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真脇遺跡は、縄文の巨木信仰跡の遺跡で

諏訪大社のおんばしら祭のルーツ!!



であろう、ということで、


今回の旅の目的は、お諏訪さまへのお礼参りですから

ここへは必ず来ないと!と思い、やってまいりました。




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すごい!


5000年の間、

縄文の人たちがこの真脇に住み続けたのですね。



5000年です!

真脇の人たちは、イルカの群れを追込み、

食べていたといいます。


なんと、このイルカ追込み漁法

昭和30年代までこの地で行われていたといいます。



もし縄文から追込み漁をやっていることが証明できれば、

世界ユネスコの無形文化財級の日本の宝‼️

ではないかと思うのですが、(◎_◎;)?!

そう感じるのは私だけでしょうか。



真脇遺跡の縄文人は、イルカの他にも、マグロやカツオ、

ブリ、美味しいものは何でも食べていた

グルメ人だったようです。


イルカの骨は、おそらく煮て、

骨の髄から膠を取り出したあと、

背骨に放射状にスジをつけて、小さな孔をあけ、

ペンダントなどに加工していたようです。

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出土品のイルカの背骨のペンダントトップに

触らせていただきました。



お洒落の為に❤️と考えると現代的ですが、

次の漁が、うまく行きますように、

命がけでイルカを獲って、いただいた命、

自然や神へ感謝と願いをこめて🐬

お守りとして首から下げていたのだと思われます。


縄文人にとっても、

イルカは頭が良くてかわいい生き物だったはず!

だから余計に命の重みを感じていたのではないかと

想像してしまいます。




この場所も、ここに住む縄文の人々の心も

豊かであると感じます。



間違っても、


捕鯨反対ー!💢

諏訪大社の蛙狩り神事反対ー!💢


などと反対ばかりして、

動物や神、自然に感謝するという根本的なことを

忘れてしまうような人間には、育たないはず

と思います。



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驚くことに、この真脇遺跡には

縄文時代すでに全国各地の土器が集まっていて、

この地が、物流、交流の為の

「海のハイウェイオアシス」

のような存在であったことが伺えます。



ここオリジナルの真脇型土器と呼ばれるものは、

私ども新潟県から出土する火焔型土器のような

ダイナミックさには欠けるものの、

繊細な模様と比較的薄作りで丁寧に作られた

惚れ惚れするような美しい芸術品とも言える土器でした。

きめ細かい細工が出来るのは、能登の土がいいのもあるのでしょうね‼️


真脇型土器、形も御柱なのかしら?




真脇遺跡では、

柱をふくめた出土品の数多くが、国の重文指定ということで、

写真を撮るにあたり申請書を書かせられましたが、

撮影理由は個人で楽しむ為ということにしてしまった為、

ここで紹介できないのが残念です。


全国から集まったものは、勿論土器だけではなく

装飾品や生活用具などの出土品も。



そうです!



糸魚川産ヒスイの玉!!

下諏訪産黒曜石の鏃!!




やっぱり、セットで登場!


糸魚川にも寺地遺跡という縄文の巨木信仰跡の遺跡があり、

金沢市にも、やはり同様に巨木遺跡、チカモリ遺跡があります。

そして

諏訪のおんばしら祭に繋がっている!!


でしょう!!



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連休だというのに、この素晴らしい遺跡には

私たちの他に誰もいませんでした。



縄文の巨木遺跡は、

青森の三内丸山遺跡だけじゃありません。



真脇遺跡、チカモリ遺跡、寺地遺跡!!

巨木遺跡、全国四ヶ所のうちの三ヶ所は



越にありますっ‼️



とはいえ、この時代に越という区分は

まだ無かったでしょうけれど、

これが弥生へ繋がるということを念頭に置いておかなくてはなりません。

ヒスイも黒曜石も、弥生に繋がっているのですから。


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とりあえず、ここに来たら

寝転んでみます。


草だらけになって、最高に気持ちいい〜🤗



青空のパワーが、おんばしらを依代にして

まるで、自分に集約されているみたい。



自然と、神とも、

一体になれた気がしました。



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そして、まだまだ見どころがありました‼️

遺跡の横にあるこの小屋は、

な、な、なんと‼️

鉄を一切使わずに建てられたのだそうです。


えーーーー!!👂



我が耳を疑いました。


鉄斧さえ使ったことのない

現代っ子の私には、考えられません💦


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もちろん、木の伐採から、

手作りの石斧を使用したのだそうです‼️

すごーい‼️


これを建てたのは、自分達だというおじさん二人。

あれこれ話していたら、

楽しくて小屋から出られなくなってしまいました。



上の梁ほどの太さの木を切り倒すのに、

だいたい石斧で30分くらいかかるのだそうです。

チェーンソーなら20秒もかからないところでしょうか。


世界でたった一つの小屋ですね‼️




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小屋は二階建てで、

荒々しい石斧の手斧削りで作られたハシゴを経て、

二階に登れる仕組みになっています。



壁は隙間を土で埋め、20センチくらいの厚さで壁を作った後、

その上から屋根を吹いているのだとか。


これぞ、元祖、数奇屋作り‼️

元祖、手斧削り‼️



😭




さて、ところで、みなさんは

茶の湯の「数奇」とか「サビ」の語源が、

スサノオ命の「スサビ」からきていることを

ご存知でしたでしょうか。


私め、ある雑誌を読んで、最近知ったのですが、

荒々しい、凄まじいという意味のスサビに対して、

物静かな茶の数奇やサビは、まるで結びつかなかったのです。


しかし、

この小屋の荒々しさは、まさしく「数奇」という言葉になる前の

「スサビ」である‼️

と確信致しました。


千利休は古代人の心をもった人だったのですね。

ここにいると、自然と一体、自然に守られ、

自然の中に生かされている感じがします。


自然と一体という意味では、

新潟県出雲崎町が誇る良寛和尚も感覚が似ていて、

良寛は、数奇という言葉が今みたいに固定化される前の、

奇人的な数寄者なのだ、笑、と、私は思っています。



大切にしながら自然を楽しむのか、

自然のまま自然を楽しむのかという違いはありますが。




かの先代旧事本紀を現代語訳された志村裕子先生は、

古いものを大切に大切にする

茶の湯の精神の根源は、

三種の神器を伝来する心にあることを

指摘していらっしゃいます‼️


😭



ちなみに、こしひかりの家の茶室は、

祖父が柱一本から蒐集して作った数奇屋作りです。


小間を増築の際に、

柱に手斧削りを施そうということになったのですが、

もう手斧で削れる職人さんが京都にしかいないということで、

柱を全部、京都へ輸送。

当時、手斧で一面削るのに2万5千円。

柱なので一本につき四面あって、その柱が何本あったか、

兎に角、削るだけでめちゃくちゃお金かかったー!

(だから大事に大事にしてよねという意味で)

と嘆きの声を先祖から聞いています。


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我が家の茶室、小間「聴松庵」の、

手斧の柱と藁スサ混じりの土壁です。

藁スサのスサは、まさしくスサビから来ていて、

ここから数奇や、サビいう言葉になったのではないかなぁーと。



個人的には、待庵のように

もっとスサを粗くしてほしかったのですが。😅

手斧の柱にも、怖いので一切、手は触れていませんが、

毎日濡れ雑巾で拭いてあげれば、

春慶塗りを施したような、つやつやの柱になるのでしょうね。




古いものを代々継承する心は、三種の神器から。

ボロボロの茶器が、三重の箱に入っていたりして、

そういったものでも、私はわりと平気で普段使いにしてしまうので、


箱なんて邪魔くさいなぁ、

と思ってしまっていましたが、道具に失敬な話でした。😅


茶道具は、三種の神器と一緒で、

古い古い国の宝を預かっているんだ!

くらいに、思わなくてはならないのかもしれません。


思いがけず、草薙剣を預かってしまった宮簀媛のように。😅




自然の劣化は、もはや仕方ないとしても、

大事なのは、受け継いでいこうとする精神なのですね。😭



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さて、話を戻しますが、

よく遺跡に建っている、古代を再現して作った住居というのは、

ジメジメしていてカビ臭くてクモの巣かかっているのが典型的です。


ところが、この小屋は、本当にそれとは間逆で、

風通しが良く、からりと明るく、とても居心地がいいのです。


おじさんは誇らしげに

風通しの穴が四ヶ所あいていて

開閉できる仕組みを説明してくださいました。

すまいを快適にする、元祖、窓!といったところでしょうか。


日本人は、工夫をどんどん形にして、

それを受け継いできているのだと、改めて感じました。



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縄は、苧麻を編んでこしらえたそうです。

これにも感動!

昭和村でしか栽培していない苧麻繊維を

どこから手に入れたか訪ねると、

福島県の昭和村まで行ってきた!とのことで

びっくり!


恐れ入りました〜!!!!!



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息子よ、

よく見ておきなさい。

これが、日本の数奇屋建築の原型なのだよ。

と、言いながら、

自分でも、そうだったのかー‼️を連発していました。


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おじさんの携帯より

これが、この小屋の、骨組みの時の写真。


柱を建て、桁を渡すと、鳥居になる。

これこそ日本の建築の原点ではないか。

などと、拙書に偉そうなことを書いてしまいましたが、

的はさほど外れてはいないかも、などと頷いてしまいました。


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これが、小屋を建てる時に使ったという石斧!!


膠で接着したのかと思いきや、

はめ込んでいるだけだそうです。


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このおじさん、

真脇遺跡の発掘作業で自分が掘り出した

模様入りの粘土ビーズの写真まで見せてくださいました。


さすが、真脇の人!

恐れ入りました!!!!!



私はこの遺跡から、

たくさんのことを教わりました。



連休なのに、こんなに素晴らしい場所に誰もいないなんて、

なんて勿体無い‼️

私は声を大にして言いたいです‼️



日本のみなさん‼️

是非、真脇遺跡へ行ってみてください‼️











Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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お礼参りin能登②

 【28//2017】

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今度は、邑知地溝帯

南側の対岸へ

こちら藤井という集落の鎌打ち。

小谷村のなぎ鎌打ちと共通していえることですが、

二ヶ所というのは、何か意味があるのでしょうか。



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たくさんの鎌が打ってあり、異様な感じがします。

神木が太り、めりこんでいるものも。

こちらの鎌打ち神事は七年目に一度ではなく

毎年ということで、数が多いと迫力がありますね。


鎌の形状は、小谷のなぎ鎌神事に使われるなぎ鎌と、

ずいぶんと異なります。


能登の建御名方命伝承で興味深いのは、

建御名方命が左鎌(左利き)と伝えているところです。


一般の方にはどうでもいいと思われる伝承かもしれませんが、

私はこういった伝承を知りながら

古典や伝承になるべく忠実に絵を描いているつもりです。

ということで、

私の絵の建御名方命は全て左利きになっています。🤗


イメージだけで絵を描いたら、

神様に失礼と思うものですから。。。




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すぐおとなりは、宮内庁が管理する

崇神天皇の御子、大入杵命陵墓です。

陵のまわりを歩いてぐるりと半周したのですが、

能登瓦の古い街並みと相まって

とても明るくいい雰囲気でした。

大入杵命、とてもお幸せそう。


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大入杵命は、国造の祖として

能登の方々に手篤く葬られたのでしょうね!


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向かい合わせにもう一基。

前方後円墳のようでした。

被葬者は記していませんでしたが、

大入杵命の陵墓に引けを取らないほど立派な古墳です。


真ん前のバス亭には、おりひめバスとあります。

おりひめバスとはナイスネーミング!

この地に能登上布を伝えた大入杵命の妹、

渟名城入姫命のことと思われます。


ということで、渟名城入姫命の陵かとも思ったのですが、

姫の治定陵墓は奈良県にありました。



日本書紀によると、崇神六年、

宮中に天照大神と倭大国魂の二神を祭っていたが、

崇神天皇は二神の神威の強さを畏れ、宮の外で祀ることにした。

天照大神は豊鍬入姫命に託して大和の笠縫邑に祭り、

倭大国魂は渟名城入姫命に預けて祭らせたが、

姫の髪は落ち、体が痩せて祀ることができなかったという。


渟名城入姫命はすっかりこの記事のイメージなのですが、

この記事の後、

そのまま奈良で亡くなられたのかなと考えると

能登にいらしたのはこれより前だったのでしょうか。



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お参りしようと柏手を打つと、

お堀の鯉が

「餌ちょうだい!」と言わんばかりに

たくさん集まってきました。



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参拝が済み、今度は社殿が室町時代末期建立で

国の重文に指定されているという

松尾神社へも立ち寄りました。


渟名城入姫命と能登上布のことを考えていただけに

もとは松尾ではなく松苧(まつお)神社かも!と、

一瞬期待が高まりました。


※奴奈川姫の織姫信仰では、時代とともに、
松苧→松尾神社になり
祭神もオオヤマクイ命に代わってしまったケースが
多いのでした。


ここは、やはり松尾神社ということで、

オオヤマクイ命とタマヨリヒメをお祀りしていました。



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でも源流をたどれば、松苧神社と織姫信仰が

あったのかもしれません。←あきらめない



Category: ◆出雲神話縁の地

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お諏訪さま、お礼参りの旅in能登①

 【26//2017】



能登は越なのか?

とみなさん、疑問に思われるかもしれませんが、

万葉歌では越として歌われています。



などと、たびたび講演などで申し上げてまいりましたが、

ほら、やっぱり能登は越です‼️


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能登にやってきました‼️

能登は、出雲さながらに

地名で神々の名を追うことができる

神々濃厚地域!



ここは能登半島西部、千里浜。

浜辺の砂が細かいので、波打ち際をドライブできる

夢のようなスポットです。


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弥生時代、

あのきらめく水平線の向こうから

大国主命が

たくさんの船を引き連れて



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やって気多‼️


大国主命の船を待つ奴奈川姫の気分です。

きっと、ここでこうやって待っていたのでしょうね。

大国主命が我が妻❤️とおっしゃられ

東間の地名が生まれたと

神社伝承に残っています。



さて今回は失礼ながら

大国主命を祀る気多大社には立ち寄らず、

お諏訪さまメインでお礼参り。


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わー😍

桜貝がおちてます‼️

私が古代に生まれていたら、間違いなく

ネックレスやピアスにしてます‼️



能登へ来て、まず向かった先は


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鎌の宮

この鎌の宮は、ちょうど能登半島の付け根を横断するように走る

邑知地溝帯の際に位置しています。


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大国主命とともに、邑知潟に住む大蛇を退治した

そのとき、お諏訪様は左鎌で先頭をきったといいます。



詳しくは、拙書お諏訪さま物語後半をご覧ください。



その功績を称え、

能登では毎年ここで風鎮めのための

薙鎌打ち神事を執り行っているそうです。


お諏訪さま、拝


続く





Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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お諏訪さまのプレゼント

 【21//2017】



昨日9月20日、諏訪入りしてきました。


4月8日ガラスの里企画展の祝賀会で

お世話になった諏訪の神々へ、

感謝の会と称し、某所をお借りしお招きして

お茶を一服ずつ献上させていただきました。



私めにはあまりにもったいない場でしたので、

ここでお伝えすることができないのが残念ですが、

人生の思い出に残るひとときになりました。



お諏訪さまからのプレゼントかな💗




会が無事に終わり、越へ帰ってきて一番にしたことは、


茶道具を一式残してくれた私の祖父に、

感謝の茶をたてること。


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まずは、お軸にも献茶。

9月20日は、ちょうど彼岸入りの日でしたね。


このお軸は、

7年前に亡くなったわたしの祖父が

昨日の感謝の会の為に用意してくれたとしか思えない

和歌が書かれた、有職のお軸。

奇跡ではなく、お導きでしょうか。



中回しに竹屋町裂を使うとは、

表具した人もさすがと思える逸品です。



そういえば、

二年前に96歳で亡くなられた、表千家の堀内宗心宗匠が

私が娘時代、こんなことをおっしゃられていました。



「お席が済んだら、お軸は巻き取られたほうが

よろしいでしょう。もったいのうさかいに。」




まだ娘だった私には、

掛け軸を掛けっぱなしにすることが

もったいないという意味が、全く理解できませんでした。


20日にこのお軸を、初めて自分で扱わせていただき、

ようやくその意味がわかりました!


お軸はすぐに巻き取りましたよ、堀内宗匠。

もったいのうさかいに。😭


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おじいちゃん、ありがとう!

毎朝、私にお茶を点ててくれていた祖父。



おじいちゃんが死んだら、

いつかありがたいなと思う時が来るぞ!

と、本人は言っていましたが、

本当に今、神になった祖父へ感謝の気持ちが溢れます。

おかげさまで、諏訪の神々にお茶を献上できました。


おじいさま、大社せんべいをどうぞ。笑




祖父と私の、神人共食。










Category: ✿諏訪(信州)

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 【18//2017】


今日は

祖父母の法事をしました。


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祖父七回忌、祖母一周忌

祖母が逝ってもう一年が経つんですね。

時が経つのははやいです。


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お抹茶といっしょにいただいたお菓子は



ジャーン!


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菊の御紋入りカステラ!

受勲された方から、いただいてしまいました!


御紋のところを、神棚に捧げたあと

有り難ーくいただきました。



諏訪大社さん、出雲大社さんの

御紋(神紋)入り落雁も同じですが、

御紋をいただくというのは、

あやかれたようで、とても有難い気持ちになります!




そうそう、法要のついでに

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祖父母のお墓の入り口にある水鉢に、

川崎家の家紋が彫ってあったので、

写真を撮ってきました。



出雲大社さんと同じ、剣花菱の紋です❣️




しかも三種の神器をあらわしているということで、

急に実家の家紋が大好きになってしまった

単純なこしひかりでした。




家紋とか神紋というのは、誰がいつ決めたものなのでしょう。



私の知る限り、

諏訪さんという名字の方は、諏訪大社と同じ梶の家紋。

鹿島さんという名字の方もやはり

鹿島神宮の神紋と同じ家紋だとおっしゃられていました。



おそらくご子息なのでしょうね。



日本の国って凄い!とつくづく思います。











Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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コシノヤマタノオロチの気持ち

 【15//2017】



昨日は、

ブリのあら汁にブリカマで

アラ祭りをしました。

ブリはお刺身よりも、アラの方が好みだったりします。🤗



合わせたお酒は、島根の方からいただいた

奥出雲、簸川酒造さんの

純米七冠馬です!


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簸川酒造さんの簸川とは、

日本書紀にある「簸之川上」のことなのでしょうか。

そんなことを考えワクワクしながら、まずは一口。



おいしい‼️🤗



島根のお酒は、おいしいお酒が多いですねー‼️


頸城牛ともベストマッチで、、、

あれよあれよと言う間に蒸発がはやいこと。🤗

おいしいお酒は止まらなくなります。


コシノヤマタノオロチが、

止まらなくなるほどおいしいお酒を

出雲の人はせっせと作ってくださるものですから、

ヤマタノオロチはついつい飲みすぎてしまいました。





あれ?コシノヤマタノオロチというのは

私のことですか?

気がつきませんでした。






奥出雲は、越の国新潟県上越市と気候が似ています。

雪の量も、食べ物も、お米も。


こんなに距離があるのに、越から訪れていって、

別の土地にいる違和感のようなものが

全くないのが不思議なくらい。



コシノヤマタノオロチも、越から奥出雲にやってきて、

きっと故郷にいるようで

居ごこちがよかったのだろうと思います。



うちのご先祖が、奥出雲の方々を困らせてしまい

ごめんなさい🙏





そろそろ奥出雲では仁多米が

頭を垂らし収穫の時を待っている頃でしょうか。

黄金色に輝く奥出雲の景色が、目に浮かぶようです。




玉造温泉の周藤さま、

おかげでコシノヤマタノオロチの気持ちになれました。


おいしいお酒を🍶ごちそうさまでした。

Category: ✿出雲(島根)

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結納を結う

 【13//2017】


涼しくなり、お茶屋も大忙しです。

それに加えて葬式、結納、法事などなど

冠婚葬祭であわただしい毎日です。


秋は結納シーズンでもあります。

今日も一人で神降り(紙折り)をして、

濃いめの墨を擦って、目録を認め、

水引をがっちり結び、


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一式できました。

おめでとうございます。


お客さんは皆さん結納品は

既製品だと思っていらっしゃいますが、

一品一品に愛を込めた私の手仕事です。

祖母が亡くなった今、作り手は私の他に誰もいません。泣


昔と比べると、結納をする人の数がずいぶんと減ってしまいました。

子供が少ないせいもあるのでしょうけど、

省略する人も多いです。


昔は一日七組とか、注文があったものでした。



断捨離、ミニマリスト、

そんな言葉が蔓延する現代ですが、

大切な日本の伝統文化をも省略してしまうのは、

神代の時代からの日本の心が消えていくようで

さびしいなぁと感じる今日この頃です。


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わー❣️

シャインマスカット❣️


諏訪ガラスの里の企画展にたまたまお越し下さった

山梨のぶどう園の方が送ってくださいました‼️

先日、巨峰を送ってくださったばかりに‼️


そして、山梨へお礼のお電話をしている最中、


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牧の方が

取れたて野菜を持ってきてくださいました‼️

😹

秋の恵み、ごちそうさまです❤️


皆さまの骨折りをいただきます❣️

今夜は収穫祭をしなくては‼️


Category: ◆本・新聞、その他

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興福寺の寺宝と畠中光享展IN新津美術館

 【09//2017】

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興福寺寺宝と畠中光享展が

新潟の新津美術館に巡回してきました!

オープニングにご招待いただいたので、新津へひとっとび。

数日前の新潟日報で、見開き1ページを使い、

大々的に宣伝していたので、それをご覧になられていた

土田先生が「私も!」と手を挙げてくださり、

ご一緒させていただきました。


土田先生は実はお寺のご出身。

重ねて、私の師の展覧会ということで、

楽しみにされていました。



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興福寺の貫首、多川俊映様ご挨拶。

興福寺から他に6名もお見えになられていました。


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畠中光享先生のご挨拶。


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篠田新潟市長のご挨拶。

市長はオープニング後、市議さん達が帰られた後も

熱心に鑑賞されていました。


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テープカット

その後、重要文化財の吉祥天の前で法要が

40分間執り行われました。

耳にしたことがないお経。

散華がまかれるところを初めて見ました。





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畠中光享先生と。

先生とは4年ぶりの再会です。

今月の小林古径記念美術館友の会の会報に、

畠中先生のことを書いたので、絵本とともにお渡ししました。


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四年前に一度お目にかかった方だと思い

声を掛けたらやっぱり!

前回はお着物姿でしたが、

お手持ちのやまぶどうのツルで編まれた

素敵なバッグでわかりました。



土田先生も、NSTのOBの方と偶然再会!

お茶をご一緒しました。



袖振り合うも多生の縁という仏教の諺がありますが、

前世は親戚だったのかしら。

因縁あって、多分またお会いできると思います。



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帰路。

なんと土田先生は、

この新津美術館のすぐ近くがご生家だったそうで

通り道に菩提寺があるとのことで、ご案内いただき

土田先生のご両親が眠るお墓にご挨拶させていただきました。


まさか、あんたとここに来るとは!と

土田先生、最高の笑顔でした!

前世は親子だったのかしら。親孝行しました。


袖振り合うも多生の縁ですから。笑




興福寺の寺宝と畠中光享展は

本日9月9日から、10月15日まで

新津美術館で開催されます。


いま、こんなに精力的に日本画を描いている絵描きさんは

おそらく畠中先生の他にいません。

と、断言できるほど、素晴らしい展覧会でした。


クリック↓
興福寺の寺宝と畠中光享展

Category: ◆出雲神話縁の地

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灰形とシンデレラ展

 【08//2017】


昨日は、風炉の灰形を作っていました。

持ち運びに楽そうな、鐶付風炉に衣替え。

大切な方々へ、お茶を一杯献上する為の下準備です。


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こんなふうに自己流ですが、

灰形はいつも轆轤(ろくろ)に乗せて作っています。


私は小さい頃から灰いじりが大好き

で、決まっておこられていました。


思いっきり灰をいじれるは、大人になってからの特権ですね!🤗



今回使用した灰は、祖父と一緒に

番茶の煮汁を練り込んで作った、思い出の灰。

祖父は「よく、火事になったら、

茶人は灰を持って逃げろというんだ。」なんて言ってました。


どんな茶道具よりも灰が命!

火事になったらみんな灰になるのに、

すごい話だなぁと思って聞いていた記憶があります。


そんな両祖父母のことなどを思い出しながら、

朝から灰をいじりはじめ、気がつけば昼💦

何時間ここに座っていたでしょう。笑

切り合わせ風炉なら、五徳がない分だけ楽でしたね😅




すっかり灰をかぶり

見た目はひどい姿の私ですが、

本人は、シンデレラ気分です。笑




シンデレラ!




現在、諏訪ガラスの里では、

企画展でシンデレラとガラスの靴展開催中‼️



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夢にまでみた、ガラスの靴を履ける二度とないチャンス‼️

ということで、

ガラスの靴なら割ってでも履きたい‼️笑、とすごい気迫で参りましたら、

なんということでしょう


ぴったり❤️

🤗


私もシンデレラになれました‼️😹

これは楽しい❣️


会期は10月1日まで

すべての女子、必見ですよー!🤗


Category: ✿諏訪(信州)

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梶の木の地植え

 【06//2017】


先日参拝に伺った原村の上社御射山社に、

いつの間にか梶の木がたくさん植えてありました!


前からあったでしょうか。

気がつきませんでした。


これを拝見し、我が家の株分けした梶の木も

いよいよ庭に地植えすることにしました。


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諏訪大社上社御射山社 境内の梶

梶の木は株立ちで、しかも横に広がる木なので、

雪国では雪囲いがうまくできるか心配です。



堆肥は、「EMぼかし」と呼ばれる菌を

生ゴミにふりかけ発酵させて作った有機肥料を

土に混ぜて使いました。


EMぼかし菌は本当にすごい菌です!

バケツ一杯の生ゴミを、真夏のリビングに置いておいても

全く匂いがしないです。

直に嗅げば、ぬか漬けのような匂い。笑

密閉していることもあり、コバエ一匹も飛びません。

そして、下から液体肥料も出てきます。



この液体肥料を希釈したものを

月一度、胡蝶蘭や観葉植物にあげたりしています。



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個展などでいただいた胡蝶蘭。

とっくに花は終わってしまいましたが、

手作り有機肥料のおかげで、葉っぱがつやつやです。


来年も咲いてくれるかな。








Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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最高の諏訪旅行

 【03//2017】


日頃応援してくださっている

大好きな仲間8人で、

諏訪の新作花火をみにいきました!

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諏訪流のこの上ないおもてなしをうけ

大好きな仲間と

間近で見る素晴らしい花火。

恵まれた天気。

おいしいお料理の数々。


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最高の出会い。


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そして縁はどんどん広がり、

ご一緒させていただいた仲間の会社が

今月末に岡谷支店をオープン!㊗️




諏訪、これ以上好きになったらどうしよう‼️

お諏訪さま、ありがとう。




全てのご縁に感謝です❣️









Category: ✿諏訪(信州)

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