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小正月行事③野沢温泉火祭り

 【17//2014】

1月15日

この日は上越市、糸魚川市でも小正月行事がたくさんあったのですが
(竹のからかい、能生白山神社筒粥神事、オ―マラ、嫁祝い、など・・・)
平日ということもあり、

夜に出掛けられる、野沢温泉道祖神祭に行くことに決定♪


地元厄年の男性たちが仕事も休んで1週間かけて作るという
横10mの社殿に火を放ち、厄払い、縁結び、子孫繁栄などを願うお祭りで、
日本三大火祭りの一つとも言われているそうです。

北信に位置する長野県野沢温泉村までは、
こしひかりの家から峠を越えて下道で1時間くらい。

実は独身時代は、ほぼ毎晩野沢温泉に通っていたのですが、
こしひかりは8年前に灯籠の巡幸を見たきり、
この火祭りをきちんと見たことがありませんでした。

会場に着いて、まず外国人が多いことにびっくり!

息子は「カナダに来たみたい~!」と大興奮でしたが、それほど欧米人だらけ・・・
そして日本人と思っていた人たちは、殆ど台湾の人でした。

お祭りを見に来ていた人たちの過半数以上が外国の方という
不思議な空気の中で火祭りは開始されました。


260115022.jpg

7時、真ん中の建物が社殿です。
社殿の屋根の部分に厄年の男性が十数人座り
「道祖神の唄」を歌っているところ。

詳しくはこちらから野沢温泉観光協会


260115031.jpg

9時頃

社殿に火が放たれ、勢いよく燃え上がります。

260115038.jpg

炎はあっという間に屋根を包んでいきました。

260115045.jpg

社殿の木の中央部分にとりつけられた
神棚が燃えています・・・

260115054.jpg

最後は、高さ10mくらいある2つの灯籠を火に入れ

クライマックスです。


・・・凄い。


祭りに関わった男性たちは、疲れとお酒で完全憑依・・・

お疲れ様でした。m( )m

260115025.jpg
 雪洞の中の道祖神(八衢比古神、八衢比賣神)野沢温泉村





まとめ

野沢温泉村の道祖神祭のように、
火をめぐる攻防戦を伴うお祭は上越市でも見られますが、
道祖神というよりも性神といった傾向が強いように思われます。

新潟県の中でも、道祖神色の傾向が強いのは中越(とりわけ十日町)かな、という印象です。
やはり上の写真のように、雪洞を作り仮社のようにみたて、
中に木で作った神様を入れて、歳の神(火祭り)を行う。

それが所変わればお地蔵さんであったり、木製のマラであったり、
御神体も呼び名を、同じ市内でも地域によっても少しずつ違うようですが、
(野沢温泉からは千曲川沿いに栄村~津南町~すぐに十日町ですから、)
道祖神をお祭りするといった信仰は、北信から千曲川(信濃川)を伝って
十日町から新潟県に伝播しているのではないかと感じました。

また、北信からは他に塩の道(牧ルート)も存在しますが、
(冬季は通行止めでしょうけれど・・・)
上越市牧区への道祖神信仰の伝播、歳の神事情については、
こしひかりはまだ調べるに至っておりません。(^^;











Category: ✿諏訪(信州)

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Comments

野沢は、温泉とスキーと、飯山の菜の花祭りしか知らなかったです(^^;

火祭りの起源も興味深々になってきます!?
静岡の南アルプスの山麓の方では、火の神=カグツチや焼畑農業などと関係するようにもみられましたが、
雪国での火祭りをみると、全く違う趣きですね。
雪国ならではの、いっそうの火の神威を感じます。
岩戸の前のアメノウズメのセクシャルなダンスも、火のイメージとともに
浮かんできました。

Posted at 19:33:13 2014/01/17 by tachibana

Comments

tachibanaさま

ああいった山間の集落には文化が残りやすいのでしょうか?
或いは過疎を防ぐため、里離れしないように大昔の人が考えたのだとしたら、大昔の政治家さんはよほど賢いなぁと思ってしまいます!(^^)
歴史史料の所見で300年、500年ということを考えると、太古からやっていたのかもしれませんね♪
お祭りは、その地に住んでいた先祖の偉業を脈々と無言で伝えてくれるような・・・身が清まると同時に心が洗濯されました。

Posted at 11:22:36 2014/01/18 by こしひかりのあとりえ

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柳田国男の「周圏論」

私が教えていただいた歴史の先生は、柳田国男の説を、しばしば紹介されます。
つまり、中央から始まった文化や習俗が、地方に及び、次第に中央で廃れてしまった後でも、むしろ地方で残っている、という現象で、「周圏論」というそうです。
そういうことで、説明できることが多いんじゃないかというものです(^^)v

それで遠野とか山奥の集落を見聞したり、探究することに意味をみいだしたのでしょう。
こしひかりさまが見てきたお祭りも、以前は都で、行われていた可能性もあると思いますo(^o^)o

Posted at 12:08:47 2014/01/18 by tachibana

Comments

tachibanaさま

「周圏論」ですか、ありがとうございます。
メモメモ…θ(,,)

諏訪では完全に道祖神になられていましたが、もともとはやっぱり・・・

私の頭の中は今

ミシャグチ様=御柱=男根=道祖神=サイの神=火祭=石棒=

を繰り返しています(笑)

へそである諏訪から、新潟、富山、福島、栃木、群馬、山梨、埼玉、東京、岐阜、静岡、愛知・・・

と、これぞまさしく諏訪スパイラル!

中央で火祭り♪(^^)
土器を焼きながら、火祭の祭祀を行う古代人の姿が目に浮かぶようです(@▽@)


Posted at 16:47:55 2014/01/18 by こしひかりのあとりえ

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