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さいの神の起源を考える

 【18//2014】

歳の神は、村々の境界から邪気の侵入を防ぐことから
塞ぐという字を用いた「塞の神」とも書かれますが、
語源は「境の神」ではないか?!と思っていたら、
昔の偉い国学者が既に述べられていました。

村々の境界をきわめる為に火を焚いたり、鳥追い唄を歌い、
それを春を迎える為の小正月の厄よけ行事としたのだと思われます。

また「斎の神」の字を用いるのも、
=忌、祝、陰陽両方の意味として読めることからも頷けます。

「境の神」が塞ぐ神、「塞の神」となったのは、
どうやら延喜式の道饗祭に比定してからのようなので、
平安時代。そう考えるとさいの神の起源を考える上で
サルタヒコ、ヤチマタヒコなどの祭神の名前は、
あまり重要視する必要はなさそうです。

※新潟県では、祭神がイザナギ、イザナミの所もあるようです。


前回の続きになりますが、地方のさいの神の特色を知れば知るほど、
むしろ今では失われつつあるファリシズムとしての特色を
重視するべきではないかと個人的には考えています。


上越市を含め、新潟県では数か所でさいの神を「大マラ」や「御マラ」と呼ぶことや、
「さえ(い)の神はオンマラだー!」と唱えながら、木製の男根で吉凶を占う風習も
新潟県には存在する・・・

その信仰のルーツは道祖神信仰ルーツと同じ
信濃ではないだろうか?と考えているのです。


現に、新潟県上越地方に5社程存在する「雁田神社」は、
長野市若槻の蚊里田八幡宮がルーツのようですし、
上越地域に5社ある雁田神社のうち、1社が、一之宮の居多神社境内末社、
1社が斐太神社(斐太遺跡の)の末社に存在している。

また、奴奈川姫を祀る、天津神社奴奈川神社境内末社の「子聖社」も
同じ傾向であるところを見ると、その重要性は顕著であり、
これを単なる「中世の俗信」と一言に
片付けてしまうわけにはいかないと思うのです。


何を言いたいかと申しますと、

縄文時代の石棒による祭祀というのは、
火祭りによるミシャグチ神の祭祀ではなかったか?

そして、さいの神の起源は、縄文の、諏訪のファリシズムからきているのではないか?

と私は考えています。



新潟県津南町(野沢温泉から千曲川に沿って県境を越えて3キロ程)
の神社に祀られている男根は、出土品の石棒をそのまま祀っていますし、
昭和初期には同地の田んぼから石棒が数個出土し、
現在も個人宅に祀っている。

こうゆう事例を見ますと、考古学的なデータが氷山の一角であることに
個人で調べるにはどうしても限界を感じてしまうのですが、
道祖神の祀り方をみると、やはり北信から千曲川経由で
津南、十日町を経て新潟県に伝播しているように思えるのです。

また、西回りルートでは、
諏訪湖~仁科三湖を越えて糸魚川の塩の道からも入ってきた?
小谷村の大宮諏訪神社の石棒(指定文化財)の存在を思い出しますし、

境の神、さいの神は、信越県境に打たれる建御名方命のシンボル、
薙鎌の意味とも共通しているように思えます。


縄文時代の諏訪のミシャグチ信仰は、縄文ファリシズムに変容して、
飛騨や群馬県(安中)、兵庫県(豊中)などに伝播し、石棒生産が盛んになった。

そして巨木信仰や御柱とも習合し、のちに大陸文化や仏教文化とも習合し、
現在「さいの神」という小正月行事になっているのではないか。

と、壮大な時の流れ、信仰の流れ、文化の流れを
私は「さいの神」から感じるのですが、いかがでしょうか?



拙い素人論でした~。



1016茶2
諏訪大社限定 薙鎌お守り

諏訪大社さん、よくぞ作ってくださいました。(^^)♪

010.jpg

お守りの裏側を読んで、衝動買いしてしまいました(笑)

黒曜石は諏訪産なのかな???


080.jpg
手作りR-1ヨーグルト、御柱立て

立っているのは「御柱御用」という諏訪のおみやげ用のお菓子です。

仏教的には嫌がられそうですが、
御柱、斎串とともに、もはや私には何の抵抗もございませぬ(^^)





Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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Comments

はるか石器時代まで・・・

諏訪の信仰は、縄文時代からさらに遡り、さらに石器時代にまで
及んでしまいそうですね\(^0^)/

信越方面の歴史遺物を、丹念に調べているこしひかりさまもすごいです!!
せっかくの宝の山に行って、双対道祖神の前で、
ピースとかしてv^^)(^^v!?、帰って来たのがハズカシクなってきます(..Ф

なんといっても、その守屋氏が、神職として今なお祭祀を継承していることに、
諏訪の歴史の古さを感じます。

あの☆ヒスイ薙鎌お守り☆は、いつからあったのですか?
数年前は、小さいヒスイが入った奴奈川姫お守りし気づかなかったです。
ご利益ありそう~~→☆、今度参拝したら是非入手したいです^^

Posted at 10:15:47 2014/01/20 by tachibana

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tachibanaさま

「縄文がいいのではない。諏訪には今も縄文が生きているからいいのだ。」うろ覚えですが、そんなようなことを岡本太郎画伯がおっしゃっていますが、すっごくわかる気がします。

本当に縄文時代からここは変わっていないのではないか?と思ってしまいます。
茅野市豊平は、御頭御社宮司社、数十mおきに鎮座する道祖神、尖石遺跡、守矢石材店の看板・・・やばいです。(T▽T)
縄文が…ミシャグチ神が…生き続けているって感じます。

縄文から同じ人々が住んでいるのなら、縄文からある祭祀が今も形を変えて続いていたとしても、何ら不思議ではないって思うのです♪♪(^v^)興奮♪♪

岡本太郎さんも、多分同じことを感じていらっしゃったのではないかなぁと、こしひかりは喜んでいます。

☆ヒスイ薙鎌お守り☆は、こしひかりも今回初めて見ました。糸魚川産ヒスイのかけらが入っている翡翠おみくじなら知っていたのですが・・・これは限定商品らしく値段は2000円でした。窓口の三宝の上には二つしか出ておらず、ヒスイの色のいい方をいただてまいりました。(^^A

石器時代の薙鎌…風に鎌、火には石棒?なんだか頭がおかしくなってきました(笑)

Posted at 13:50:35 2014/01/20 by こしひかりのあとりえ

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人の根源的な願いや想いは万国共通

インドの辻や路地の行き止まり、村境にはいたるところに赤く塗られたシバリンガム(シバ神を象徴した男根)が祀られている。
凝ったものは根元が茶臼の下の台ような注口器状になっていて、参拝者がリンガムに注いだ水が手前に流れるようになっている。
流れてきた水は聖水であり、礼拝するインド人は手ですくって額に塗ったりしている。
つまりシバリンガムは、ヨニ(女陰)と一体になった陰陽の象徴であり、性格的にもこれは道祖神だ。
赤く塗られたシバリンガムは、血の色であり、炎の色で彩られていることになる。
縄文の石囲い炉にも陰陽を象徴している例もある。
ついでながら、縄文期に唯一描かれている道祖神らしき姿は、糸魚川市出土の縄文土器の一点のみ。
朝鮮にはソッテの道祖神類型があり、東南アジア各地にも似た文化を観ることができる。
またネパールのインドラジャトラというインドラ神の祭りは、御柱そっくり。
欧米のメイポールやクリスマスツリー、日本の門松や七夕飾りも季節折々の神の憑代だから御柱の類型といえる。
バリ島のペンジョールやスナーリも類型だが、メイポールとペンジョール、平塚の七夕飾りの写真をちょっと観ただけでは区別が付け難いくらいによく似ている。
伊勢神宮や出雲大社の心の御柱は、構造的にはまったく無意味な小さな柱であり、本殿は心御柱を守るために建っているとさえ言える。
それは恒常的な御柱であり、ピラミッドや仏舎利塔とそれを模した五重塔も意味は同じでは?
何も諏訪だけが道祖神発祥地とは言えますまい。
道祖神信仰が他所より盛んであったという意味なら分かる。
人間の根源的に感じること、願や想いは時空を超えて万国共通している。
ただ文化の違いで表現が異なっているだけだよ。
参考文献として「東アジアの柱立て 神樹」・・・萩原秀三郎著・・・という本をお勧めします。

Posted at 23:38:14 2014/01/20 by 縄文

Comments

縄文様

縄文さま、ご教示有難うございます。m( )m

>つまりシバリンガムは、ヨニ(女陰)と一体になった陰陽の象徴であり、性格的にもこれは道祖神だ。

これは赤い水をかけるというやつでしょうか?リンガとヨニが一体となった、日本で言う双体道祖神みたいな性格ですね。インドにも村上のホダレ祭りに似た性神の祭がありますけれど・・・
まぁ、大国さんのシルエット自体がリンガですから(米俵に乗っているところもうまくできているなぁと。一応私はヨニな人間なのでちょっとテレます、笑)
それを言ってしまうと、性神の例がきりなく上がってしまいますが、とくにインドは盛んですね!日本の春画インドバージョンみたいなものまで(^^;)・・・昔は神同志がまぐわうということを性教育の一環として教えたのでしょうか。植物で言う「受粉」なので、さいの神や道祖神が五穀豊穣なのは自然といえば自然。


>ついでながら、縄文期に唯一描かれている道祖神らしき姿は、糸魚川市出土の縄文土器の一点のみ。

道祖神は縄文時代に既に形として表現されているのですか?
どこに言ったら見れますか?


ソッテや御柱祭そっくりのネパールの祭は有名ですよね。
前に話ました、日本書記のスサノオ命が降臨したソシモリの話。ソッテは御柱を建て、そのてっぺんに神が降りてくる。ネパールの御柱は諏訪市博物館でDVDが売っていましたが、ネパールの生神、クマリもやはりインドのシバリンガムと同じ真っ赤っ赤!

私にブログに書いた、それが日本のミクマリで、赤という言葉の起源は若狭の遠敷(お丹生)から繋がっている、二月堂の閼伽水の閼伽(=アクア)からきているのではないか?という話になるので、繋がっていそうですね。
語源は、そう簡単ではないと思うのですが、赤という言葉は比較的新しい言葉のように思えるので、あの持論はそう外れてはいないのではないかと内心思っています(笑)

>欧米のメイポールやクリスマスツリー、日本の門松や七夕飾りも季節折々の神の憑代だから御柱の類型といえる。
>伊勢神宮や出雲大社の心の御柱は、構造的にはまったく無意味な小さな柱であり、本殿は心御柱を守るために建っているとさえ言える。
それは恒常的な御柱であり、ピラミッドや仏舎利塔とそれを模した五重塔も意味は同じでは?


これだと話が「御柱のルーツ」になってしまいますが、柱(ハシラ)のことをユダヤではアシラという神が宿るといい、高いものにはみんな神が宿るというのは世界共通ですよね。

心の御柱は、構造的にはまったく無意味な小さな柱。そうそう、アニキ、善光寺の洩矢柱もそうです。天井まで到達していないそうです。(実際見たことはありませんが・・・)

>何も諏訪だけが道祖神発祥地とは言えますまい。

う~ん、道祖神発祥というか、サイの神が性神であることをもっと重要視したいんです。
個人的には石器時代にまで思いを馳せているんですが(笑)

信州が道祖神信仰が他所より盛んなのはもちろんなのですが、ちなみに一番多いのは白馬近辺のようです。
いやー♪♪こうゆう話は楽しいです。テンションあがります。(^^)参考文献、もしお持ちでしたら今度是非読ませてくださいね♪



Posted at 16:36:06 2014/01/21 by こしひかりのあとりえ

Comments

訂正

×ネパールの生神→○現人神

の間違いです、すみません(汗)

Posted at 16:39:18 2014/01/21 by こしひかりのあとりえ

Comments

訂正2

×私にブログに書いた→○私がブログに書いた

度々すみません。(汗汗)
書きこんだコメントに編集ボタンがついているのですが、編集できないので困っています。(^^;

Posted at 16:43:27 2014/01/21 by こしひかりのあとりえ

Comments

お答えします

シバリンガムへ灌頂礼拝は普通の水です。
赤く彩色されているのはペンキ・・・概ねは朱色っぽい赤。
場合によっては金箔が貼られている場合もあり。
シバリンガムではなく、ガネーシャやダンシングシバであることもある。

縄文土器に描かれた道祖神・・・正確には男女二体の図案は、白山神社南に隣接した能生町民俗資料館に収蔵されていますが、冬期間は閉鎖していると思います。
このことを教えてくれたのは六反田南遺跡の調査員のIさんですが、彼は能生町出身の糸魚川高校OBです。
まだ30代でいずれは出世して世に出る人材ですが、2月に糸魚川市で遺跡の報告会を頼まれているそうです。

追伸
ブログの「わたこ」問題に追記しておきました。

Posted at 07:49:07 2014/01/22 by 縄文人(見習い)

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比較神話学?

世界中あちこちの国で、巨岩を信仰する例はあるようです。
それで「どこが先で、どこから伝播したということでなく、
それぞれの地域で、独自に発生したと考える方が、ふさわしい場合も多い。」
との、先生のお話は、共感できるんです。
比較神話学の難しいところでもあるようです(~~;?

・・・ですが、一方でたとえば「お汐井取り」なんて習俗は、どうみても
北部九州で盛んで、英彦山神宮や周辺の神社の☆\神事/☆です。
諏訪の方で、神事や習俗としては、稀なのではないでしょうか?

神社の神事にまでなり、周辺の人々の習俗になっているような祭祀や遺物は、
どこかにその求心力となり、伝播の発祥になった神社がある、
とのこしひかりさまの考えには、共感できます。
石棒ー道祖神ーミシャグジー黒曜石ーヒスイ☆・・・
どこかー○リンク○ーしているようで、その求心としての諏訪神社を
仮定してもいいのではないでしょうか?

こしひかりさまのお言葉にヒントをいただいて、大阪の住吉大社宮司であった、真弓常忠氏の『神道祭祀ー神を祭ることの意味』を借りてきて読んでます。
皇学館大学の先生であったので、ちょっといかめしいですが、
神社のことはしっかりおさえている方と思います(^^)v

民衆の祭りや習俗と、神社の神事の関係に言及されていて、
「日本の祭祀の驚くべく永続性と伝統の重み」を述べておられます。

石棒や道祖神や火祭りのルーツを探求する、こしひかりさまに続きたくなりました。
神話の始まりが、男女のまぐわい^^)(^^の国柄ですし、
代々の神々や天皇の話もまたしかりです。
信仰の究極もそこにあり!!と、思っちゃいます(^^*

Posted at 10:36:01 2014/01/22 by tachibana

Comments

縄文人(見習い) さま


インドで赤い水を赤い御神体にかける風習があるときいたことがあったもので・・・(^^;

能生町民俗資料館ですね、ありがとうございます。機会があったら行って見てみたいと思います。

同年代からプロが出るのは嬉しいです!将来お世話になりそうな予感がします(*^^*)最近、市史の研究叢書や研究紀要、遺跡発掘調査報告書などが面白くって・・・自分は美美史専攻でもないですし学芸員免許も無いですが、将来こうゆう本をまとめられるようなお方には、是非考古学の「真実」の部分だけではなくて、自分はこう思った!とか、持論も展開していただきたいなぁと、これは私の切なる願望なのですが・・・。(^^
とりわけこういうローカルで狭い分野を研究されている方は少ないですし、私のような素人調べが起した駄説?でも、仮説は無いよりもあったほうが学問が発展し易いのではないか?と最近思っているんです。
ですからわざわざ恥を書いています(笑)その仮説は違うと思うなぁ、それもまたおもしろいですし、何より一緒にいろいろ想像を巡らすのって楽しいですね♪

わだかまりも学閥もない、遠慮もない、その時思ったことをなんでも言えちゃう。
なんでも言っちゃうから、生意気なだけで、結局お馬鹿ということなんでしょうけれども(T▽T)アニキのように相手にしてくださる方がいるので、ホントに有難いです。
阿呆の露呈も休み休み行っていきたいと思いますので、また年の離れたアニキにはご指導承りたく宜しくお願い致します。m( )m


追伸 「わたこ」の追記有難うございます。コメしました(^^)

Posted at 13:30:23 2014/01/22 by こしひかりのあとりえ

Comments

tachibanaさま

tachibanaさま、ありがとうございます。

ローカルであってグローバルでなくてはならない。それを「グローカル」と表現された上田正昭先生の本を思い出していました。

厩戸皇子の厩の名はキリスト誕生神話がルーツか?ではその厩の馬はどこから来たのか、とか♪♪(^^)
どちらが先か、自発的かはわからないけれど、どこかで太古のいちローカル同志が、良いことを共鳴しあった「ワールドワイドウェブ」なのかも♪と思ってしまいます(^^)♪♪

それを高志の国に住むただの絵描きが、勘で偶然解明できる程浅い話の訳がないのですが(笑)←自分で書いていてウケてます(笑)、とにかく楽しいです♪(^皿^)想像していると毎日シャボンが弾けるみたいにウキウキします♪

神や信仰が各国に存在すること自体がリンクしていて、言葉も、文化も、模様も、色も、絵の描きかたも・・・それを他分野の人が見ると、また新たな発見があったりして♪
時がたって遺物が出てきたりと、また神々がいたずらし翻弄する~(^^)

私は絵しか描けない人間なので、自分の勝手な妄想は、誰にも迷惑のかからない範囲で絵の肥料としたいと思います。\(^^)/♪

やりすぎたら引き算しないと見苦しくなると考えているので、画風は乱さないようにします♪
古典の中の前衛を描くべく、いろんな方のいろんな考えを、いまできるだけたくさん知りたいと思っています♪

東アジアの中の♪自分の中の♪奴奈川姫や古事記の神々を、自分なりにホンモノに近づけるように、、、
もし数百年後それを歴史に出来たなら、姫と一緒に酒盛りしましょう♪♪(笑)

八百万の尽きない興味❤
拙文を読んでいただき、反響をいただき、こしひかりには勿体ないです(TT)

九州の「お汐井取り」、今ネットで調べましたら塩を汲むのではなく、砂を汲むのですか?こちらでは聞きなれませんが、面白い風習ですね(@@;

Posted at 15:00:06 2014/01/22 by こしひかりのあとりえ

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