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古代儀式!金峯神社の王神祭(新潟県無形文化財)

 【06//2012】

昨日は、金峯(きんぷ)神社へ王神祭を見に行きました。

金峯神社は、社伝によると吉野の金峯神社の蔵王権現を勧請し、
七〇九年元明天皇の勅願により北国鎮護のため古志郡楡原に創設。
一二四二年ここに遷座された折、産土神の倉又神社と合祀されたといいます。

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金峯神社(鎮座地 新潟県長岡市西蔵王)一ノ鳥居 
神社は信濃川のすぐ横に鎮座しており、主祭神は、金物や製鉄の神である金山毘古命。

さて、この神社の5日の祭り「王神祭」の「王神」とは、
この地のもともとの産土神であられる倉又神社の祭神である、
大地主命(=大国主命)・須勢理比売命・沼奈川比売命の三柱のご祭神が、
金峯神社を中心にした三里四方の氏子を4つに別けたの区域
(上條王神・中條王神・下條王神・川西王神)に祀られていて
「王神様」はその総称であるといいます。
(※現在は倉又神社=金峯神社の境内社とされている)


驚くことに、明治以前は倉又神社のご祭神は、常に社殿に鎮座しておらず、
長岡・三島・古志の「頭人」と呼ばれる者によって御神体が巡幸し、
三年間祭祀の厳修を行ない、次の頭人へと受け継がれていたそうです。

(故に倉又神社には社殿が無いのかもしれません。)

維新後にご巡幸制度は廃止され、倉又神社が金峯神社に合祀され、現在に至るようです。


大国主命と奴奈川姫命、そして正妻の須勢理姫の三柱。
この三角関係の大明神である王神様にはちょっぴりドキッとさせられますが、
長岡市を4つに分けたそれぞれの地域に、
大国主命と須勢理姫命と奴奈川姫命をお祀りしているわけですから、
奴奈川姫信仰の要部分は実は長岡にあるのではないか?と思える程、
かなり大規模な信仰であったことがわかります。

仏教(権現様)が入ってくる以前は、この地は倉又村と呼ばれ、
産土神の大国主命と二神の妻神に守られていたのでしょう。
大国主命はこの地に漁業を伝えたと伝承されています。
信濃川で鮭漁をする大国主命のお姿が思い浮かびますね。

現在は、蔵王権現の「長岡市西蔵王」という地名になっていますが
神仏習合の独特の文化が栄え、信濃川の河川交通が盛んなこの地から
川沿いに長く築かれた丘から、「長岡」という地名になったそうです。

この王神祭儀は、全国に類を見ない古代儀式と言われ、新潟県の無形文化財に指定されています。

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ということで、前置きが長くなってしまいましたが、
私が9時過ぎに上越を出て、金峯神社に到着したのは10時20分。
すでに神事は始まっていました。

神主さんが鮭に手を一切触れずに神前で三枚に身下ろしします。
左手に火箸のようなものを持ち、鮭を固定し
出刃包丁でさばいていきます。

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時間をかけてゆっくりとさばかれていきます。

金峯神社王神祭について詳しくは金峯神社HPへ

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さばいた鮭が、御神前で鳥居の形に並べられました。

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続いて、鈴と白扇による末広舞が奉納されました。

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示鏡と呼ばれる神事。
神主さんが両側の二体の雛形に掛けられた鏡を取り、宮司さんに渡されます。
宮司さんは鏡を袂の中へと入れ、ご神前の4区域の王神様と鏡を照らし合わせます。

左右の雛形ともに行われました。
この雛形ですが、須勢理姫と奴奈川姫なのでしょうか・・・

昔の鏡は、直系15CM程あり、もう少し大きかったと
後で宮司さんのお話がありました。

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拝殿


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拝殿向かって左手にある大ケヤキの御神木 
樹齢1000年近くありそうです。
中は朽ちて空洞になっていましたが、手を開いたようなたくましい枝ぶりでした。


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金峯神社 拝殿・本殿(横から撮影)

金峯神社の主祭神、金山毘古命といえば・・・播磨国に伝わるたたら伝承で、
「わたしは金山彦天目一箇神(アメノマヒトツノカミ)ともいう金屋子神である」
とあることから、祭神の金山毘古命は、出雲にたたら製鉄を伝えた「金屋子神」と同一神と思われます。

今年の2月、奥出雲にたたら見学へ行った際、金屋子神社に参拝に参りましたが
金屋子神は女性嫌いと伝わるせいか(本当は雪が多すぎて鳥居が埋まっていました)
拝殿まで行けませんでした。

ですが、幸運なことにたたら見学では、
宮様、出雲国造千家宮司様と同じ時間の見学で
現人神にお目にかかることができました。

遠く離れた奥出雲のたたら場の方より解説で
「ここで出来た玉鋼は、新潟の三条にも送られる」とのことでしたので、
金物を使った鮭の神事より、古代からのご縁を感じずにはいられません。




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王神祭祭儀式次第


祝詞の後は、撒神食と言われる神事があり、総代さんらしき方が

三三九度?

王神祭儀終了後、宮司さんのお話で
このお祭りは、古代の婚礼の儀式を思わせるとおっしゃられていました。









古代儀式!金峯神社の王神祭(新潟県無形文化財)続編へ続く・・・


       

Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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Comments

包丁式

 この王神祭の話を見たとき、高家(たかべ)神社の包丁式(http://www.mboso-etoko.jp/chikura/takaie/index.html)を思い出しました。
 ところで…
この金峯神社も去年行きました。
 この神社の奉祭を見るに「う~ん、こんな三角関係の祀り方ってあるんかいな?」と
思いながらも、余り気に留めることも無く御朱印を授けに宮司さまのお宅に伺いました。
 ”金峯”神社と言えば蔵王権現との関わりが深い神社。そちらの方の興味が勝り、突っ
込んだ調査をしなかったことが悔やまれます。
 さすが”奴奈川姫研究者”。専門家は目の付け所が違いますね?

Posted at 01:30:17 2012/11/07 by 赤城おろし

Comments

舞っている方、とても端正なお顔立ちで気品がありますね。
3番目のお写真、奥にいらっしゃる方々の眼差しがとても印象的です。

Posted at 05:14:31 2012/11/07 by MrNechel

Comments

赤城おろしさま

赤城おろしさま、既に行かれていたとはさすがです!(^^
高家(たかべ)神社の包丁式!似ていて興味深いですね!
全国には神前で鯛や鯉をさばく神事がまれにあるようですね。

それにしてもこの神社を中心に四方三里が氏子であるという
大きな信仰にびっくりしました。

この地にもとてもご縁を感じています。
私が、糸魚川市青海で奴奈川姫の最初を個展をした時に、
車で駆けつけてくださって作品をお買い求めくださった方が
長岡市蔵王にお住まいの方でした。

祭神についてご存知ではないのに・・
これも神様が下さったご縁ですね。


奴奈川姫研究者だなど恐れ多いお話です。
ただの絵描きです~(^^:

Posted at 11:14:45 2012/11/07 by こしひかりのあとりえ

Comments

MrNechelさま

神社にお若い後継者さんがいらっしゃるのを見て
内心ほっとしました。

山間の神社は皆過疎化で、来年の神事は果たして無事行われるのかと
心配な神社ばかりをたくさん見てきたものですから・・・(TT)

地元の神主さんは、お一人で現在17社も面倒を見ていらっしゃると
聞きました。
今月23日の新嘗祭は、祭の日をずらさなければ大変でしょうね。
自分には何もできず、歯がゆいです。

Posted at 11:23:57 2012/11/07 by こしひかりのあとりえ

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