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天津神社・奴奈川神社春季大祭と素人の考察

 【11//2013】

春です!
今年もこの日がやってまいりました!

昨日500年の伝統を誇る
天津神社・奴奈川神社の春季大祭(けんか祭りと舞楽奉納)が盛大に執り行われました。

春季大祭5

私の住む町から日本海沿いに50分程車を走らせ
12時頃に天津神社・奴奈川神社に到着しました。

私が到着した頃には既に神輿同志が大きくぶつかり合っていました。

けんかだ!

けんかだー!

神輿同志のぶつかり合いを、大和と出雲のけんかという人もいます。

といいますのも、同じ境内に大和と出雲が意味深にお祀りされているのですから。


平日とは思えないくらい糸魚川は熱い!!

Syunnkitaisai4
ドンデンドンと太鼓の音が鳴り響きます♪

syunnkitaisa1.jpg
神官さんが依白を大きく振り回します。
けんか神輿のクライマックス!

syunnkitaisai2.jpg
走れ―!

わーーー!!

syunnkitaisai3.jpg
こちらも毎年おなじみの光景。
興奮して憑依した氏子が、依白の竹を振る!振る!振る!

私の住む城下町高田の
のんび~り気質とは真逆の性格を持つ、海人の気質。

男性も強いが、女性も強い。女性も怖い。(笑)

昔から、高田の人間は「あの方は海沿いの方ですから、はっきりしてますわ。」
なんて、会話の中でもよく耳にするくらいです。

午後からは雰囲気が一転、静寂の中
国指定の無形文化財の舞楽奉納が日暮れまで行われました。

さて、興奮状態のまま私は子供の帰宅時間もあり
4時には家路に着きました。

土田孝雄先生より、この春季大祭の「詩歌応答」についてくわしく書かれた
平成2年の新潟日報の新聞記事のコピーをいただき、
今朝3時半に起きてじっくり拝読させていただきました。

やはり凄いです。
糸魚川で行われていることは古代から何ら変わっていないのではないだろうか??
500年の伝統とはいえ、その前はどうであったか誰にもわからないわけで、
1000年の伝統があるのかもしれません。


先人達が紡いできた長い長い糸を
一挙に手繰り寄せたくなるような衝動に駆られます。

舞楽奉納の稚児舞は、かつて糸魚川出身の相馬御風も幼少期舞っていたとは知りませんでした。

妙高の峰 ゆるぎなく 荒川の水 つくるなき 
みのり豊けき 頸城野に 育つ稚松 姫小松

先日、息子の入学式で久しぶりに聞いた母校の校歌も御風の詞です。
記事を読んで今朝は昨日の感動に浸っていました。





そして、この天津神社・奴奈川神社のけんか祭りと舞楽奉納の起源について
前々から少しひっかかっていたことがあり、明け方ずっと考えていました。

これはあくまでも素人の私見、といいますか直感に近いのですが、
上越市の式内社、阿比多神社の由縁と何か関係があるように思えてならないのです。

阿比多、聞き慣れない名前ですが、全国に唯一もう一社
大阪に阿比太神社(式内社)があるのです。

阿比太神社のご由緒を見ると、「阿比太連」の存在が浮かび上がります。
姓氏録では聖徳太子に使え、また、百済に派遣されたとされる使者阿比太。
阿比太が上越から百済へ船で出航していたとしても何ら不思議はありません。

糸魚川の舞楽奉納は四天王寺の流れを汲むものなので、
聖徳太子の時代に連であった阿比太が
こちらに舞楽を持ってきたのではなかろうか。

というのが素人こしひかりの推測です。

そして、越の国に不自然に多く鎮座する「物部神社」の存在。
大阪の阿比太神社と祖は同じです。

私は上越の阿比多神社に祀られる少彦名命や奴奈川姫に
出雲とのご縁という多大なご利益をいただきました。

個展をさせていただいた玉造温泉は、少彦名命が発見したと伝えられているわけですから
これは少彦名命や奴奈川姫の思し召し以外の何ものでもありません。

このことに関しては、時間をかけて出来る限り調べてみるつもりです。



Category: ✿越(新潟・富山・石川・福井)

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