2017 09 « 1.2.3.4.5.6.7.8.9.10.11.12.13.14.15.16.17.18.19.20.21.22.23.24.25.26.27.28.29.30.31. »  2017 11

信州黒姫山へお礼詣り~公開講座を終えて

 【24//2013】

21日金曜日のJCV春の公開講座では
県内外からも大勢の方にご清聴いただきまして
まことに有難うございました。

本来ならば丸3日くらいかけてお話しなければならない話を1時間でお話したので、
かなり濃密な内容の時間になってしまいましたね。

お聞きづらかったところもあったかもしれませんが、
今度は時間をじっくりいただく機会ができたらと思います。

当日お話を聞いてくれた若い方が、とても感動してくださったみたいで、
そうゆう反響をいただくと「お話した甲斐があった!」と嬉しく思います。


放送は秋になる予定だそうですが、放送後に
どれくらいの方が振り向いてくれるかどうか・・・
ちょっぴり楽しみにしています。


信州黒姫山

さて、公開講座が無事に済んだので、昨日は黒姫山にお礼詣りに参りました。

ここは信州黒姫山です。

信州黒姫山は、頸城の黒姫三山の本宮の役目があるところです。
残念ながら、最近これを言う人がいなくなってしまったそうなのですが、

刈羽黒姫山、青海黒姫山にお願い事をして、叶えていただいたら、
必ずこの信州黒姫の雲龍寺さん(ここは里宮)にお礼詣りに来なくてはならないという、頸城のしきたりが昔はあったそうなんです。

信州黒姫山雲龍寺
黒姫山雲龍寺 延喜13年創立

この雲龍寺さんの、35年前のご住職のお話を紹介させていただきます。

「越後に二十三ヵ所黒姫山という山があり、信州黒姫山はその本宮の山であり、新潟県の山は枝宮山と呼ばれています。上杉謙信公が信州黒姫山の弁財天であられたことと、越後の国の住民全体へ黒姫山の弁財尊天の広天の功徳を教えられたので、住民全体が深く帰依したことによります。
越後の黒姫山へいろいろの祈願事をして成就し、本山の私のお寺にお参りに来られたことは事実で、昔は越後各地方全体であったようだが、私が経験したのは古志郡の人々であったが最近は無い。私の代になってお礼詣りされたのは約50人余りです。・・・」出典渡辺義一郎著書

これが35年前に記録されたお話ですから・・・
いつから続いている信仰かわかりませんが、そうゆう信仰がだんだん無くなってしまうのは、なんだか悲しいですね。

いくら文明が発達したとしても、やっぱり信仰は続けたいです。

最近数珠を片手に「なんまんだぶつ・・」を唱えているおばあちゃんを今では見なくなってしまいましたが
最終的には「信じる者は救われる」のではないかと思っています。

それが無くなってしまえば、きっと心が病んでしまいます。


マザーテレサが言った、「日本は心の貧しい国だ」という発言は、
自分が思うに、このことではないかと思ってしまいます。。



前置きが長くなりましたが、
公開講座が無事に終了できましたので
この黒姫山雲龍寺さんという里宮にお礼詣りに行ったのでした。

住職の奥さまにそのことをお伝えすると、とても喜んでくださいましたよ。


信州黒姫

黒姫にはきれいなちょうちょがたくさん!!



Category: ◆本・新聞、その他

Comments (0) | Trackbacks (0) | トップへ戻る

Commentform


URL:




Comment:

Password:

Secret:

管理者にだけ表示を許可する

Trackbacks